「とうやくん……?」
 眠たげな声は理奈のものだ。あくびが聞こえてくる。
 そのとき、冬弥は玄関のドアを開けていたのだ。朝の澄み切った空気が遠慮もなく室内へと入り込んできて、慌てて閉める。ぶるるっと身体を震わせて振り返ると、理奈が目を細めているのが見えた。安アパートの二階に部屋を借りて二人は生活していた。安いだけあって狭いのは仕方のないことだし、むしろ、こういう日常を理奈は歓迎していた。
 若さゆえの強がりではない。経験として知っているだけだった。困難はひとを強くする。ときに押し潰されてしまうこともあるけれど。乗り越えられさえすれば、そこには何か大きなものが生まれる。
 隙間風が入り込んできて室温の低さが限りなくマイナスに近いことだけは気に入らないが、それは仕方のないことだと受け入れている。今の二人の収入は人並みだった。あまり贅沢なことは言えない。自分たちが望んだ生活だ。寒さにだって耐えなければならないのだ。
 それに、こんな寒さだって、そう悪いことばかりではない。
「あれ、ストーブ消した?」
「理奈ちゃん、とりあえず服を着よう」
「……あ」
 玄関先の冬弥は、すでに着替えを終えていた。布団の中で何やらもぞもぞとやっていた理奈の方はと言えば、目覚めるまで生まれたままの姿で居たのだ。昨晩はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 脱いだ下着は手の届く場所にある。お互いの裸を見慣れた今になっても、恥ずかしいものは恥ずかしいようである。だから、その綺麗な柔肌の露出から目を逸らさず……逸らせず、と言ったほうが正しいのかもしれないが、とにかく、じぃっと見つめ裸身に注目していたことを冬弥は自覚すると、二足のサンダルと理奈の靴が並ぶ三和土の隅へと視線を落とした。
 昨晩は……もとい、昨日はふたりで一日中家に籠もっていた。散歩にでもかこつけて外の空気を吸わないと。そんなことを考える。さっきドアを開けたのも外の様子を見るためだった。
 衣擦れの音がする。間を保たせる必要は無いが、冬弥はかけるべき言葉に迷い、息を吐き出した。白い吐息が天井に昇っていくのに釣られて目で追うと、途中で透明に溶けて消えていった。
 自然、視線は宙を彷徨い、正面まで降りる。
 その途中、理奈と目が合う。冬弥君のえっち、と笑みを含んだ瞳が語っている。
 冬弥は無言で視線を逸らしそうになるのを堪えて、なんとか弁解しようとする。理奈はわざわざ言い訳を考えなくてもいいのに、必死になっている表情を読み取る。ふむ。――じろじろ見ちゃったけど今のは理奈ちゃんの肌がすべすべしているからであって……
 苦笑して、冬弥君ったら仕方ないなあ、みたいな顔をして、理奈はにっこりと言う。
「冬弥君のすけべ」
「って、誤解だー!」
 二人して口を開かずに見つめ合う姿が滑稽だったのか、あっさりと膠着状態を破った理奈がふふんと笑う。
「冗談よ」
「心臓に悪い冗談は無しの方向でお願い」
 冬弥の懇願に、
「あれ、そういう気はなかった?」
「単に理奈ちゃんはすごく綺麗だから見とれちゃうのは仕方無いことだって言おうかなと」
「ふふっ、大丈夫よ。そんなに慌てなくたって」
「どうして」
「冬弥君がえっちなのは今更取り消せないから」
「……あ、そ」
 発言は、どうやら昨夜の情事の最中の様子を指しているらしい。冬弥は思い返して顔を真っ赤にしている。理奈の着替えが終わるまで後ろを向いて待つことに決めたらしく、しめたドアを前に、しばらく少々不思議な葛藤に苦しんだと思しき寂しげな背中が震えていた。見たいけど見ちゃダメ。そんな苦しみである。男ならでは辛さゆえ、我慢のしどころであった。
 さておきジーンズを履いた理奈は、黒い靴下を手にする。
「しっかし、寒いわね」
 窓も扉も閉まっているのに、どうにも部屋は冷え込んでいる。セーターを着込んでも肌寒さは変わらない。この寒さは冬の朝らしい周囲の空気、気温自体の低さによるものだから、外に出ている顔や手、指先を暖めたくて仕様がない。
 無防備な下着姿に吸い付けられていた目を、類い希な努力の果てに逸らすことができた。理奈はまったくもうと笑みを零した。しかしその和やかな表情は冬弥の目には映らない。
 どこか長閑な恋人達の朝のやりとり。……にしては、少しだけ妙な構図だけれど、静かな幸福がふたりの距離を隅々まで満たしていた。
 どんな悲しみも、どんな寂しさも入り込めない穏やかな空気がここにはある。ちらちらと白く輝く蛍光灯の光すらも、ドアの向こうに存在する朝の仄明るい気配と同じに、目の覚めるような清々しさへと変わっていく。
 まじまじと直視できない自分の性格が余程悔しかったのかもしれない。真正面から見ても理奈は怒らないというのに。それくらい許してくれると理解しているから、冬弥はなおさら気にしてしまうのだった。


 暖かな服を着込んで、理奈がとんとんとん、と跳ねるようにして近寄ってくる。数メートルも無いのだ。あっという間に距離は縮まって、抱きつかれて、冬弥はバランスを崩しかける。が、こらえた。なけなしの根性とでも言おうか。
 しなだれかかる理奈。
 冬弥は体重を掛けられて背中を反らした状態のへんてこな体勢から、自然な格好まで戻ろうとする。数秒の間が空いて、そのうち理奈は首に腕を回しており逃げられなくなっている。
「うーん、やっぱり冬弥君はあったかいなぁ」
 返事がない。ただのやさおとこのようだ。
 ……極まっているとも言う。
「り、理奈ちゃん」
 とがめるのではなく、苦しげな声だった。
「ギブ……ギブ……」
 痛くないよう気を遣いつつも自分の命が掛かっているので、割と必死に理奈の細い腕を叩く。
 呼吸とぎれがち症候群。理奈が不思議そうに観察していると、ちょっと死にそうな顔が、口をぱくぱくさせて魚のような苦しみのうめき声をあげた。そこでようやく気がついた。
「……あ、ごめん」
 ぱっ。と離れた。途端、かかっていた体重が消えた。
 反動でよろめき、冬弥はその場にくずおれそうになった。
「冬弥君、生きてる?」
「なんとか」
 冬弥はのど元まで出掛かった優しい言葉を飲み込んだ。非難する気もない。
「理奈ちゃん」
 だがジト目で見つめる。
「……ごめんなさい。でも、触りたかったんだもの」
 素直な反省と気持ちの吐露を受け、冬弥はうぅと口ごもってしまった。これ以上は叱れそうにない。
 育ってきた環境のせいもあるのだろう。同棲を始めてから――いや、知り合った当初から分かっていたことだが、彼女は甘えるのが下手なのだ。大抵のことを上手くこなせてしまうから。自分を誤魔化すことにも慣れていたから。
 冬弥は顔をしかめた。緒方英二の肩をすくめ苦笑している顔が、不意に脳裏を過ぎったからだ。なるほど、たしかにあの兄は、根性はひん曲がっているがその内実は決して悪意だけじゃないし、なかんずく悪人ではない。単に色々なことが見えすぎてひねくれているだけなのだ。そんな相手と四六時中一緒にいて育ったのだから、弱みを見せるということが苦手なのはよく分かる。
 だから、とも冬弥は思う。
 理奈があの眩しく輝くライトの下に戻りたいと思うことは無いのだろうか。一瞬でも。欠片でも。それを望んでいないと言い切れるだろうか。
 自分が引き留めているせいで――あの華やかだった世界を見ないようにしてはいないだろうか。
 それは冬弥にとって当然に浮かぶ疑問だ。一緒に暮らしているなかで、冗談で芸能界への復帰を口にすることはあっても、本心から帰りたいと願ったことは一度も無いように見える。けれど。誰も自分以外の人間の本心を理解することはできない。あるいは自分自身の本心すら、とてもあやふやなものだから。
 ひとは、ときに優しさで嘘を吐く。そして、優しさゆえに吐いた自分すら騙せない拙い嘘を、心から信じようとさえする。
 でも起きてしまった出来事や、流れて過ぎ去った時間は、決して取り戻せない。ひとたび間違えて進んできた道を、引き返すことは不可能だった。いつだってそうだ。あとになって傷つくのだ。取り返せないからこそ、ひとは後悔することをやめられない。
 正しい道だけを選べたら、こんなに楽なことはないのに。
 冬弥は、冬になるたび――この時期になると、由綺とのことを思い出さずにはいられない。理奈を選んだことを後悔しているつもりはないけれど、由綺をひどく傷つけた事実には変わりないからだ。
 まるで分厚いアルバムを開いたときのように、あのころの思い出は変わらずそこで輝いている。なんでもないことでわけもなく笑い合って、こんな時間が永遠に続けばいいと願っていた日々。刹那ごとの煌めいて見えた景色達。めくられ続けたページの合間に籠められた、懐かしさと悲しみ。
 もし楽しかった? なんて聞かれたら、冬弥は否定することはできないし、したくない。そのくせ記憶の敷き詰められた色とりどりのページの一枚だけが、寂しげに取り残されている。


 ふたり揃ってドアを抜けた。部屋の鍵を閉める。
 鉄製の通路は歩を進めるたび、カンカンカンと高い音がした。空は晴れ渡っていた。昨日の一日中の降雪が嘘だったかのように透き通った朝だった。しかし、階下を覗き込むと、それを思い出させるかのような白い光が目に飛び込んでくる。何センチか積もった雪が真っ直ぐに降りてきた陽光を、冷たく反射している。
 振り返る。ドアはちゃんと閉まっている。
 階段にさしかかった。
「手。ほら」
「うん」
 理奈の手をとり、滑りやすくなっている階段を慎重に下る。屋根は一応、申し訳程度につけられているのだが、真上からしか防げない。雪は僅かに入り込んでいた。ひとの出入りは無かったとみえ、先に行く冬弥の足跡がつけられる。その上に理奈のそれが重なる。
 静かな朝だった。
 車は動いていない。大通りの方へと出ればまた別なのだろうが、このあたりではひとの気配も皆無だ。足下に気をつけるよう注意を口にして、冬弥は理奈を誘うようにして歩き出す。
 とうに葉の落ちた木々は真っ白に覆われている。道路脇に数日間放置されていた小型車はフロントガラスから屋根から雪で閉じこめられているように見える。道路の真ん中は誰かの通った跡がかすかに残っている。気温が上がっていない今は、まだ溶け始めそうにない。
 ふたり、並んで道を行く。
 どこという目的地があるわけでもない。時間が時間だ。まだスーパーが開いているとも思えないし、何かするにしても身体に残った気怠さがそれを許してくれない。しかし眠気は完全に消え失せた。
 冷たい空気に、寄り添っていた身体を更に密着させる。
「寒いとさ」
 いきなり冬弥が口を開いた。白い息が青く透きとおった空に昇ってゆく。
「こういうの。いつもより多くなって、いいかもしれない」
「……そうね」
 手と手が繋がっている。
 それは、とても気持ちの良いことだった。もしかしたら、こんななんでもないことこそが、最後までひととひとを繋ぎうるのかもしれない。
 気が付くと、真横から見上げてくる、理奈の悪戯っぽい笑顔がそこにあった。
 ああ、そうか。取り返しのつかないほどの時間はとっくに過ぎ去って、はるか彼方に僅かに見え隠れするだけだ。今だけがここにある。思い出になった記憶は、そのときの、そのときだけの、精一杯の今だった。この瞬間もまた、同じことなのだ。
 いつか恋に恋していた女の子は、もう、どこにもいなかった。あの傷つけ、傷つくばかりだった恋はとうに終わっている。愛情を濯ぐことが歓びであると気がついた者の、ぬくもりを与えようとするやわらかな微笑みだけが、凍り付いた古い記憶を溶かしてゆく。
 ふたりを阻むものは何一つとしてない。ゆえに、ただ心の赴くままに繋がろうとする。
 お互いの心を照らす、灯火。自分がここにいるということ。理奈がそこにいるということ。
 冬弥は胸の裡に沈んでいたものの正体を知った。どうして不安だったのかを理解した。後悔という感情が未来に存在するせいだ。それはいつか、前触れもなく訪れるものかもしれないからだ。
 だから、今が大切なほど、それがおそろしい。
 幸せになることへの不安は、どうしたって消えることはない。
「どうしたのよ、そんな暗い顔して」
「……理奈ちゃん」
「なあに、まさか私と一緒にいるのが不満なんて言わないわよね」
 堂々と胸を張り、理奈は問い質す。
 冬弥は自分の間違いにすぐさま気がついた。あの問いはくだらなくなんかないのだ。答えそのものが、そこにあるのだ。
 抱きしめることができる。それだけで、幸せだった。
「お返し」
 ぎゅ。
 少々力をこめて、さっきのお返しとばかりに抱きしめる。もちろん苦しくなんかならないように気をつけるけれど、心臓の鼓動が聞こえてくるくらいの距離。指先が絡み合う。敏感な先っぽ。かすめるような吐息がかかる。熱に浮かされるようにして、口づけを交わす。
 恋は欲しがることだという。求めること。望むこと。
 ならば、愛とはいったいなんなのだろう。愛することには様々な形がある。愛するという行為は、おしなべて与えるということに集約される。与え合うということ。しかし、密な愛情はそれだけに留まらない。
 愛し合うとは、相手に許しを与え、また相手に許されることの重さをも受け入れることだ。
 手と手が触れあうことから。
 互いの行為のすべてまで。
 たとえば――今、理奈と冬弥がそうしているように。
 誰もいない公園で、ふたりは同じ情熱に突き動かされていた。舌を絡ませ合う。ねっとりとした唾液の感触が混ざったそれは、いやらしく口内で這い回る。営みの最中、どちらにも余裕などない。冬弥は夢中になって理奈の唇を舐め、息をするのも忘れて苦しくなるほど舌を吸って、口と口で交わり続ける。
 唇がいったん遠くなり、あいだに透明な糸を引いた。つぅぅと流れて落ちた。
 濡れた瞳と、荒くなった吐息が、理奈の嬌態と表している。冬弥は舌の感触をもう一度味わおうとする。理奈は自分の指と冬弥の指を絡めて、何かの拍子に離れないようにした。外気の冷たさが肌を突き刺す。同時に、ふたりは愛するひとの体温と、興奮の熱を感じている。
 足りない。こんなんじゃ、まだ満足できない。
 だけど、
「ここでは……やめておこう……」
「ん……」
 息が抜ける音。冬弥は、なんとか冷静さを取り戻した。
 すでに感じ始めていた理奈も、我慢する。できないと分かったら、切なさがわき上がる。もじもじと、太もものあたりを摺り合わせている。ぼおっと上気する頬の赤さ。潤んだ目には優しい光が覗ける。えへへ、と浮かぶ気持ちよさからの笑み。それと、もうしなくていいんだぁ、と勝ち気なことを言おうとして、言えない、そういう恥ずかしさと。
 口ごもってしまった理奈を見つめた。綺麗だとか、可愛いだとか、そういう言葉が浮かんできて、冬弥はまごついた。今更だ。分かり切っていることじゃないか。でも。
「理奈……ちゃん……」
 呼ばれても返事をせず、まずは、はぁぁ、と大きく深呼吸した。衣服の乱れはあまり無かったが、一応直しておく。冬弥の気遣っている顔に向けて答える。
「うん。落ち着いたから」
「そっか」
「……続きは、家ね」
 主導権はどちらが握っているのかよく分からない。理奈のときもあるし、冬弥のときもある。お互いに委ね合うこともまた、楽しく感じられている。
「散歩の続きはする?」
「そうね、……そうしましょうか」
 公園をぐるりと回って、戻ってくる。同じように散歩しているひとが向こうから歩いてきた。顔を真っ赤にして理奈が冬弥の横顔につぶやく。
「あぶなかったわね」
「ははは」
「もうっ。笑い事じゃないでしょ」
「理奈ちゃんこそ、笑ってるよ」
「あら」
 理奈は顔に手をやる。外であんなふうに睦み合った自分が今更ながら不思議だったらしく、すねたように口を尖らせた。しかし、それも長くは続かず、笑い出す。


 理奈は道の途中の自動販売機の前で立ち止まると、ミルクティーを買った。冬弥君はどうする?と聞いたが、同じのでいいと冬弥は答えた。
「やっぱり甘いわね」
「あのさ理奈ちゃん」
「なあに?」
「……俺のは」
「はいこれ」
「えーと?」
「飲みきれないかなあって思ったし。もったいないじゃない」
「それはまあ」
「冷める前に飲んでね。それともなに、今更間接キスくらいじゃドキドキしないってコト?」
「う」
 言われて気が付いた。
「って、どうして顔赤くしてるのよっ」
「だって」
「もうっ……もっとはずかしいことしてるくせに」
 その言葉で、むしろ冬弥が照れた。飲み干すとたしかに身体が暖まった。しばしひとところにいたせいで体温が冷えていたのだ。しかし、別の意味で変に熱くなってきてしまって困った。
 缶を備え付けのゴミ箱に捨てて、ふたりは並んでさらに行こうとする。
 公園の、広場になっているあたりに向かった。誰の姿もない。さすがにひとが来そうなこの時間に先ほどの行為を繰り返したりはしないのだが、申し合わせたようになんとなく周囲を見回してしまう。ふたりは互いに目があった途端、口元だけで笑った。
 もう少し奥に行くと、雪が積もっている場所がある。そのまま誰も足跡をつけていないその場所に、そっと足を踏み入れる。
 ゆっくり振り返った。ふたりの足跡が、まるで帚星の軌跡みたいに尾を引いている。
 理奈は穏やかに笑っていて、こんなことを言う。
「こんなところにいると、世界にいるのが私たちだけみたいな気がしない?」
「そうかも」
 冬弥がぐるりと周囲に目をやって、答える。
 たしかに何もかもが白に覆い隠されている。朝の光に照らされて決して冷たいだけではない、銀の世界。目に痛いほどの雪上は真っ白に輝いていた。眩しすぎてわずかに目を細める。
「ねえ、冬弥君」
「なに」
「私たちはいま、光のなかを歩いているのよ」
 冬弥は繋いだ手のぬくもりから意識を離して、そう口にした理奈の横顔をじっと見上げた。真剣な瞳は雲一つ無い蒼空を見つめている。表情はやわらかで、いくぶん楽しそうにしているが、胸の鼓動は激しい熱を持っている。冬弥は手に力を込めた。同じだけの力で握り返された。
 吐息は白くまっすぐに昇る。吸い込んだ空気は澄み切っていて、遙か遠くまで見渡せた。
 前を見つめたまま、理奈は足を止めることなく歩き続ける。今ここにいる自分が、どんな困難も乗り越えていけると言うように。
 冬弥はただ、彼女と一緒にどこまでも行こうと思う。ふたりなら、どこまでも行けると知っているから。
 傍らに寄り添った理奈は、明るい微笑みを浮かべる。ただひとりにだけ見せるもの。白銀の舞台の上で、彼女の姿は、ライトの下で踊っていたころより眩しく、そしてどこかあたたかに輝いている。

  (了)


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