「き、きさまっ、何故ここにッ!」
「……そんなこと言われても」
凸及び月代の後ろには、怨敵足り得る、そして生涯の強敵たる蝉丸の姿。
ここはコンビニエンスストア『はなちゃん』。
生きるため、パートに精を出していた岩切花枝は愕然とした。
まさかこんな僻地で出逢うとは。
近くに水場も無く、戦えば負けるは必定。逃げることすら難しい。
「くっ、こんな姿の私をわらいに来たのか、坂神」
「そういうわけではないのだが」
「笑いたくば笑え。働かねば食えぬのだ! 強化兵と言えど腹は減る」
「うむ。そうだが」
「そして私は強い男を捜し求めるために生きると決めた。文句など無かろう」
「別に反対などしていない」
「どうだか。貴様のように女連れの男は脆弱になるのを私は見てきたからな」
エプロン姿の花枝ちゃん。胸を張った。
「俺はお前がどうしていようと関係ない。しかし」
「しかし、なんだ?」
「……いい加減客が溜まっているが、いいのか?」
「――ッ!? 申し訳ありませんでしたお客様っ」
ずらりと並んだ客たちに謝る姿はすでに熟練のそれだった。
強化された腕力で二リットルのペットボトルを捌き、
訓練により培った眼力による識別能力により値段を瞬時に判別、
更に限界まで高められた反射神経はその商品の値段を計算する。
店長の叱咤により鍛えられた涙ぐましい努力の成果。
すなわち、
「お釣りは三百二十円となります。お確かめくださいね」
「ん」
「またお越しください。ありがとうございました〜」
可愛らしい声。
あの岩切が、若い女性のような愛らしい声を、出した。
蝉丸の思考は停止せざるを得なかった。
誰がこの暴挙に耐えられるというのか。
あの、岩切が、である。
あまりの出来事に声も出ない。震えた。体が、否応なしに拒否した。
これはあり得ない。おかしい。俺の血は何者だ!
「はい、いらっしゃいませ〜」
岩切は優しい声で客に応対していた。
坂神蝉丸は普段は軽く統制できているはずの精神に罅が入る音を聞いた。
動揺している。混乱している。これは、間違いすぎている光景だ。
作戦は失敗だ。
――数十年前の記憶が蘇る。
『坂神、軍部の基地が破壊されたぞ』
『何。しかし、作戦自体はまだ遂行は可能ではないのか』
『馬鹿ものッ。その命令系統の上位が反乱を起こしたのだ』
『なんだと。……現在、俺たちはどういう位置に立たされている?』
『実験体は危険視されかねない。今は逃げるしかない』
『作戦も失敗、現状では逃亡しかないのか』
『仕方あるまい』
『くっ。こんな状況可では国家は滅びかねないぞ』
『分かってるさ。だが、そうさせないために俺たちは逃げるべきだ』
『それしか、ないのか』
『ああ』
苦い記憶。
あのとき以来の煮えたぎるような激情と狂ったような静謐。
清冽として整然とした現実に認識が追いつかないという破綻。
願ったのは束の間の安らぎ――
叶ったのは永遠という贖罪――
優しさで守れるあしたなんかどこにもない。
そういうことだ。
「……帰るぞ」
「蝉丸ー。買ってからにしようよー」
「む」
「……で、買うなら早くしろ」
「客に命令するのか」
「貴様は客ではなく――いや、客でいい」
ぞくり。おぞましい気配を感じた。岩切が冷や汗をかいていた。
どんなことにも冷静に処理し、あれほどに強かった岩切をいったい誰が。
誰が、これほどに恐怖させることができるのだろう。
見ると、エプロン姿の親父さんがにこやかな笑みでそこにいた。
だらだらだらだら。岩切は逃げたがっていた。
よく見ると、胸に店長と記された紙があった。
コンビニエンスストアの店長とは、かくも恐ろしいものなのか。
蝉丸はさっさと買い物を済ませ、帰ることにした。
さらば岩切。強く生きろ。
「ありがとうございました〜。またのお越しをお待ちしております」
「ああ。また来よう」
「坂神」
「……すまん。つい」
店を出た。背後に岩切の視線を感じたが、振り返る気はしなかった。
まともに社会生活を送っているのだ。それを邪魔する気は蝉丸にはない。
ようやく自動ドアにぶつからなくなった自分と同じように苦労しているのだから。
そういえば、御堂はどうしているのだろう。
強化兵である以上、肉体労働の方が気楽かもしれないな。そんなことを思う。
道路に出ると、並んで歩き出した月代が、あっ、と指をさした。
その方向に目をやった。
いた。
「……さ、坂神ッ!? 見るな。俺を見るなあぁあっ!!」
「御堂、その格好は」
「……く、くそうっ。これも全て貴様のせいだっ」
スーツ姿の、ザ・企業戦士。
「だいたい貴様は今何をやって食い扶持を稼いでいるんだ!?」
怒りに顔を赤くしている御堂の声に、蝉丸は少し考えて、
横の少女に目をやり、
「月代に世話になっている」
強化兵三名の現在を端的に言い表せば――、
コンビニのパート店員。
企業戦士。
ひも。
まあ、人間の未来なんて誰にも分からないもんだ、というお話であった。
おまけ