盟友、光岡はホストになったらしい、と風の噂で聞いた。
ところでホストとは如何なるものであろうか。
「え、ホストについて知りたいの? 蝉丸」
「ああ」
てれう゛ぃじょんのどらまというやつで見せてもらった。
なるほどホストとはこのような職種を言うのか。
男がくんずほぐれつしているところを見せて女性の歓心を得る。
素晴らしい職業だろう。甲斐甲斐しく尽くす様子は丁稚奉公の如くだ。
「これがホストか」
「そーだね。儲かるんだって」
「ふむ」
「あと、顔が良くないとできないみたい」
「……間諜のような仕事なのだな」
「……カンチョウって何」
「今の言葉で言えば、そうだな、スパイというものか」
「うーん」
ホストはスパイのようなものだろう。
とすれば、光岡はまた何かを成し遂げようとしているのだろうか。
生き延びて悔いなき生涯を果たして貰いたいものである。
蝉丸は、心からそう思った。
――そのころの光岡悟。
「サトル君って何歳なのぉ?」
舌っ足らずの甘い声。
どうやら失恋したばかりで泣き暮れた揚げ句にこの店に来たらしい。
この女性は、ひどく艶めかしい目つきで光岡の鍛えられた筋肉を触った。
さわさわ。
「自分は、その――二十七歳ほどで」
もちろん大嘘である。
「へぇ……そぉなんだぁ。うーみ、若く見えるよぅ」
「よく言われます」
実際は、もう八十近い。
「この仕事ながいのかな? どぉ? 楽しい?」
「行き倒れてたところを……ここのオーナーに拾われましたから」
「ふぅーん。そーいやここのオーナーって若いよねえ」
「かもしれません」
「サトル君、しゃべりがかたーい」
「そうでしょうか」
「うんうん。かたいかたい。きんちょーしなくていいのよ」
「そういうわけでは」
タバコを取り出した女にぱっとライターを。もはや慣れである。
グラスを傾ければ瞬時に注ぐし、歌えと命令されれば歌う。
不思議なのは、昭和の歌を唄うと、意外にうけることだった。
時代遅れな人間のはずなのに、いつしかトップホストの座にあった。
ホストのサトルといえば、この界隈では知らぬ者の無い有名人だ。
なにせ腕っ節も強く、一本気な性格がこういう人間に免疫の無い女性に受ける。
すれてない口調も人気の的だった。
「あーぁ、なんで別れちゃったんだろーなぁ」
「あの。貴女は素敵な女性だと、思います」
「……うん、お世辞ありがと」
「いえ。自分は嘘を言うのは苦手ですから」
「そっか……」
「はい」
彼女はグラスを干す。他のホストは呼ばず、ここでいつまでも飲んでいたい。
でも今日の手持ちではここまでだろう。女性は立ち上がった。
「ねっ、サトル君。きみ、ホント格好いいね」
「……ありがとうございます」
「ガンバってね。今日はもう、帰るけど。また来るから」
「……はい」
そして、女性は心地よい時間の代金に三十五万ほど払って帰っていった。
光岡はそれくらいが飲み屋の相場なのだと心底信じ切っていた。
彼は思う。時代によっては酒はここまで高くなってしまうのか、などと。
フリーになった光岡に、他の客が囃し立てて呼び出す。
みんな思うことは一緒で、――自分のテーブルにいてほしい。これだ。
はい、と真面目な顔で色々と回っているうちに新しい客が入ってきた。
――知った顔だった。
「……まさか、きよみなのか?」
「な」
絶句して、彼女は口が開きっぱなしになった。
お歯黒が見えた。
「なんで、こんなところに」
それは、ちょっと人生に疲れた杜若きよみ(黒)。
犬飼と組んでの美人局に、耐えられなくなったのだろう。
そう、ちょっとした息抜き。単なる息抜きのつもりだったのに……。
サトル君(二十七歳。もちろん偽証)と、とうとう交わってしまった縁の糸。
二人は数奇な運命に翻弄されながら、原宿の暗い路地に愛を見る。
そして、ここからあの感動的な物語は始まった――。
ホスト伝説サトル!
彼は如何にしてハラジュクの王と呼ばれるに至ったか。乞うご期待。
当然ながら、続きませんのであしからず。
戻る