木田恵美梨が可愛らしい女の子であることになんて、文句を付ける者が果たして何人いるだろうか!
 いやいない。そう、いないに決まっているのだ!(反語表現)

「ってことでお兄ぃ」
 甘い声。お兄ぃと呼ばれた兄こと木田時紀が振り返ると、
「……ん?」
「クソお兄ぃは今すぐ可愛い妹に有り金全部渡すように!」
「何を言っとるんだ。アホかお前は」
「アホじゃないもん!」
「じゃあ馬鹿だな」
「馬鹿でもないもん!」
「だったらなんだっていうんだ。言って見ろ馬鹿妹」
「寝取り妹だもーん」

 ――現在、須磨寺雪緒は妹の部屋に生息中である。
 いいのか? なんて根本的な疑問はこの際気にしないことにしてもらいたい。

「……」
「ふっ、勝った。虚しい勝利だったわ」
「金は渡さないけどな」
「……貴様ぁッ! それでも――」

 詰め寄って首根っこを掴まれる。

「お兄ぃなんて呼ばれて鼻の下伸ばす全国推定二十九万人のお兄ちゃんか!」
「誰がだ」
「バカお兄ぃ」
「お前って、ホント頭悪いのな。そんなこと言われて誰が金出すか」

 子供の喧嘩だった。

「というのは冗談でー」
「もう遅い」
「えー!」
「……本気で言ってたのか?」
「うん」

 即答である。むしろここまでキッパリいけば、それはそれで需要が……

「救いようがないな」
「そうかもね」
「じゃあ、俺はもう行くぞ」
「どこへ?」
「ん……いや」
「明日菜たんハァハァ?」
「それは逆だ」
「逆?」
「つまり――」
「アタシの台詞ってことよ」
「げ」
「キミ。早く来ないと食べちゃうぞ!」
「何をですか」
「ナニをです」
「……明日菜さん。下ネタは控えめでお願いします」
「何故にっ」
「イメージってもんがあるんです!」
「えーだってー。アタシってほらおねーさんキャラだし」
「……その心は?」
「おねーさんとえっちなことしない?」
「ケッ」
「むっ」
「……お兄ぃ。もう行くからその粗末なモノを居間で出さないでよね!」
「スケベ」
「フン! いいもんいいもん!」
「ほーう。珍しく愁傷な心がけだ」
「こぉんな可愛らしい妹に遺産のひとつも遺して逝ってくれさえすれば!」
「ところで、パッと見以上に中身は殺伐とした兄妹よねえ?」
「いえ、普通ですよ」
「普通だよねえ」
「……アタシ、自分の常識が分からなくなってきた……」
「なに言ってるんですか明日菜おねいさん! いろんなところにトラップ仕掛けてるアナタがそんなこと言ってたら、アタシたちみんなこの妹に金渡す甲斐性も根性も美的感覚も愛想の欠片も、『遺産の取り分(心なしか強調)』も無い人間の毒牙に掛かるんです!」

「誰が」

 声が変わった。
 そう、たとえるならそれはエロシーン中の主人公親父化現象並に!

「……え」
「だーれーがー『おねいさん』よぉおおおおっ!?」
「怖っ。怖い顔っ! しかもなんか触れちゃいけない思い出に触れたっぽい!」
「大体、アタシの場合は毒牙に掛かるっていうより毒牙に掛けるってほうが正しい表現でしょうが! 訂正なさい訂正! もしかしたら将来の妹になるかもしれないっていうかしちゃうけど、むしろ毒牙に掛けちゃいたいのはアナタのが本命☆な恵美梨ちゃんだからって言っていい時と場合を弁えつつ本人のいないところで言うべきでしょう! いくら本当のことだからって本人に直接言っちゃったらアタシの遠大な計画に一抹の不安が入ってしまって怪しくないお薬とか怪しくないお友達とか使って優しく意識を飛ばして色々やっちゃわなくなっちゃうし!」
「あのー。明日菜さん? それは普通『言っていいことと悪いこと』とかが本筋なのではないかと思うのですが……っていうか、俺はいったいどんな状況に」
「屑お兄ぃは黙ってて!」
「キミは大人しくアタシに飼われてればいいの!」

 ……しくしく。
 そこに、ポイが現れました。まるで寄り添ってくれるかのように。

「……あ……、もしかして、ポイは俺の味方、なのか……?」
「ワウッ」
「そうか……お前だけが……お前だけが……っ!」
「クゥ〜ン」
「そうだな、俺たちは、ずぅっといっしょだ……」

 ちょっと壊れ気味なのはやっぱり最近の若者特有の、無気力でしょうか。
 もしかしたら、こらえ性が無い、なんてことも理由かもしれません。

「ポイ、俺とっても幸せだよ。もう思い残すこと無さそうだし」

 でも、何故か力尽きて横たわるポイ。
 絶望の前には友情とか愛情なんてポイ! なのでしょう。
 さすがです、ポイ。
 なにげなくお腹を見せて、服従のポーズをしています。
 もちろん、ポイのつぶらな黒い瞳に映っているのは……

 次の瞬間、どこからか、まばゆい光が差し込んできました。
 音もなく、天使たちが舞い降りてきます。

 そして……

 彼らの姿を見ると、すぐ急ブレーキして慌てて天に帰っていきました。
 もちろん時紀は連れて行ってなんてもらえませんでした。

「さあお兄ぃ。いっつもホテルにしけ込んでる以上は金持ってるハズよね?」
「キミ! お金なんて無くてもちゃんとアタシの部屋で思う存分繋いであげるから。え、もちろん鎖――じゃなくって絆ね。うん」

 それはまさしく、
 真実で……
 永遠で……
 そこにあるだけであたりを侵蝕していく想いでした。
 色は真っ黒でした。



 天使も逃げる12月   ――完――


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