「やっぱり、作りすぎちゃったわね」
と、秋子が微笑む。おなかを出してテーブルに突っ伏した真琴は、苦しそうだ。
それでも空にしたのは、食べ物を残してはいけない、という秋子の教育のおかげか、それとも単に美味しかったからなのか。
ふたりきりで、まったりと過ごすお昼どき。
時間が穏やかに流れていくのを感じながら、秋子は目の前でうなっている真琴を、にこにこと見つめている。
「うー、もう食べられないー」
「あら真琴、そんなことないわ。食べる子は育つっていうんだからきっと大丈夫よ」
そんなこといわれても。
反論するのはやめて、真琴は顔だけ動かして見回した。いま気づいたかのように、質問してみる。
「おかーさん、いっぱい食べるはずの祐一とかお姉ちゃんはどこなのよぅ」
声に力がないのは、仕方なかった。
空になったどんぶりと、雑煮の残った鍋をテーブルからどかしていた秋子。真琴の問いに静かに答えを返す。なんとなく楽しげに。
「名雪は部活の打ち合わせね。祐一さんは……美汐ちゃんのところじゃないかしら」
「なんで美汐のとこなんだろ」
考えようとするけれど、どうにも苦しくて思いつかない。
「……っていうか真琴は聞いてないわよぅっ! どーしてっ!」
この場にいない祐一に向かって怒ってみるけど、ちょっとむなしくて、ぶつけどころのない怒りはあっさりと収まった。テーブルにほっぺたを付けていると、なんだか冷たくて気持ちよかった。秋子は立ち上がって、真琴をその場に残して、食器の片づけのために台所に消えた。真琴は一瞬だけ迷って、秋子を追いかけることにした。食器を洗っている横に一緒に立つ。秋子はあまり驚かないで、ただ目を細めた。真琴はゆっくりと食器に手を伸ばして、洗うのを手伝っていた。
一月の半ばは、冬らしく寒さはやたらと強くなるばかりだ。台所からだと見えないけれど、雪もちらついているんじゃないだろうか。真琴は外の景色を思い浮かべて、加えて水の冷たさに自然と震えてしまった。
暖房の効いた家のなかだと落ち着くものだ。真琴もごたぶんに漏れない。洗い物を終えてタオルで手を拭くと、急いで暖房の近くに走った。
秋子が後ろからついてきたから、一緒にストーブに当たることにした。
しばらくすると真琴がうとうとしてきて、いつの間にか寝入ってしまっていた。秋子はそれに気づいたけど、動けなかった。
寄りかかられていたから。
どうしようかと考えながらも、秋子は真琴の安心しきった寝顔を見つめていた。起こさないように十分気を付けて、膝まくらの体勢にしてあげる。起きる様子はなかった。
可愛かった。ほっぺたを触ると柔らかくて、すべすべしていた。
テレビもつけてないから音のない、どうしようもないくらい暖かな空気。平和だった。そのうちに秋子もうつらうつらとしてしまって、真琴を起こさないように、起こさないようにと抱きすくめるようなかたちで眠り込みそうになる。
真琴がふと、寝言を漏らした。
「……おかーさん……大好き……」
それを聞いたら、秋子はぱっと目が覚めてしまった。真琴の髪を優しく撫でながら、秋子はまた、手を真琴のほほにあてた。
秋子は目をつむった。
真琴が起きるまでのしばらくのあいだ、ずっとそのままの体勢でいた。少しだけ足はしびれてしまったけれど、秋子にとって、それはとても幸せなひとときだった。
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