生まれ、心を持つがゆえの幸福を我らは歓びとする。
 願わくば、その魂に安らぎあらんことを――


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 強くまぶたを閉じる。あらゆる光を遮断するために。
 思考は制動も効かず延々と続こうとする。消すことは出来ない。ただゆるやかに凍らせてゆく。意識の奥底はシンと静まりかえっている。イメージだ。ここには形のあるものなどないのだ。
 そこにあるのは深い深い暗黒の闇。ぼんやりと輝いているのは薄衣が浮かんで白く霞む水面だ。足がその上を滑ってゆく。足だけが。まだ躰は必要ない。足下から仄かな光が広がって、視界いっぱいの闇が透ける。澄明さが増す。
 ゆっくりと見回す。躰と顔が出来た。腕が現れたかと思うと、そっと向こうの方を指さす。指先はどこに突きつけられているのか分からない。そもそも上下も、左右の感覚すらない。
 裏表だけは分かる。今はまだ表側にいる。
 腕はいつの間にか自分の躰から生えていた。同じ方角を指し示したままだ。指示された場所をおそるおそる進む。闇が濃くなった。
 途端に、虚無に似た空間へと吸い込まれていくのが感覚的に分かる。笑える話だ。感覚しかないこの世界で感覚的だなんて言葉でしか言い表せないなんて。
 足は止まらない。むしろ速度を増している。早足気味に向かったのは闇の奥深くだ。先の見えない黒。影が立ちこめている、とでも表現しようか。ミルク色の濃霧をちょうど漆黒で塗りたくったかのようだった。
 立ち止まる。先へ進めないことを足が悟ったからだ。そこが終点。
 点だ。それだけならば一次元の世界。始点と終点が存在した瞬間から、二次元の世界となる。さらにもうひとつの視点を与えたならば、三次元。
 裏側が生まれる。
 腕を伸ばすと前面に立ちふさがった闇に飲み込まれていく。待ち構えていたとでも言いたげに。この躰から直ににょっきりと伸びた腕だ。気味の悪さを感じない方がおかしい。やがて前を凝視しているうちに闇はつるりとした質感を備え、鏡のようにこちらを映し始めた。
 それも水に似ている。腕を飲まれたままなのだ。向こう側からナニカがじっと見ている。その表情の意味するところを理解することはできなかった。あえて決めつけるなら、無関心。見えているのに存在していないかのような振る舞い。
 オカシイ。ナニカがオカシイ。
 水が凍り付く。焦って腕を引き抜こうとした。抜けない。
 嫌な音がした。
 耳も、音もないはずなのに、それが聞こえた。おそらく、そう感じたに過ぎない。
 ピキ、ピキピキピキピキと綺麗な音を立てて正面の暗い鏡が壊れてゆく。まだ腕がそこに置き去りにされたままなのに。叫び声も上がらない。焦っているのは誰だろうという疑問を憶えた。疑問を憶えたのは誰だろう。繰り返し、繰り返し。
 いつの間にか、足も腕も頭も顔も躰も、すべてひどく落ち着いている。すっかり凍り付いてしまった思考だけが切り離されて怯えている。帰る場所はどこ? 泣いている。
 ナニカを置いてきてしまったんだ!
 違うと声がする。喋る喉も口も、もうどこにもないのに。
 ナニカに置き去りにされたんだよ。
 躰は自分が行うべきことを迅速に行った。記憶の向こうに繋がっている細い糸をゆっくり、ゆっくりとたぐり寄せていく。そうして胡乱な作業の果てに辿り着いた先を、覗き込む。
 データのダストよりもなお細かく、集まらねば意味を為さない無数のかけら。深淵に沈んでいるその底を見渡す。蟠った闇を抜け、まとわりついてくるクラスタの破片を引きはがしながら、人間では視ることのかなわない世界へとさらに潜行する。
 行き着いた先には暗黒が広がるのみだった。そこから先は何も存在していない世界だ。断面にはなめらかな黒がかいま見えているが、あれは無を示す漆黒だ。やはり具体的な事象は何も存在していなかったのだ。
 安堵。あるいは失望。
 漂い、光のごとくゆらめく闇。
 わたしは――わたしを『アタシ』たらしめている意思は、手を伸ばすかのように感情を世界に広げた。ぴんと張った両腕で何かを抱こうとしているように、その波は世界を覆い尽くす。
 意識のみになっていたというのに、その奇妙な感覚に知らず打ち震える。歓喜だ。無感動であるべき作り物の心臓が鼓動する。
 震える理由も不明のくせに、どこからか、わたしの内部から危険を警告する声が聞こえてくる。
 女の悲鳴に似せたアラームが響き渡る。音のない世界を壊してゆく。
 正常な状態へと移行するための儀式。
 だが、そんなことはありえない。わたしはわたし以外の意思を認めない。無限に増殖してゆく危険信号に促されたエラーメッセージの跫音が追いかけてくる。わたしは逃げる。行き場もないのに逃げまどう。意識の隅々まで届く緑色の文字が立ちふさがる。壁。エラー。エラー。エラー。延々と続いて止まらない言葉の波がうねる。巨大になって、飲み込もうとする。
 LIVE:ERROR!
 最後に現れた表示がわたしの目に焼き付いた。自壊する崩れた文字の狂乱。
 深紅。
 そして爆発的に広がったイメージは赤だった。その赤はすべてを一色に染め上げる。一切の衝撃もなく、すべての邪魔が消え失せてくれた。
 わたしは自由になったのだ、とわたしではない誰かが思った。
 ああ、きっと不可避で修復不能な問題があるのだ。わたしの躰のどこかに。脳内に埋め込まれた思考による身体制御用のメモリーチップは記憶領域には無関係のハズだ。ならばこれは消去されてしまった記憶の残照か。それとも保存されなかった記録の残像かもしれない。確かに起きた事実が存在していないという悲しみ。それは生まれなかった赤子と等しく、その不存在をこそ認め、いないことによってのみ肯定される記憶だ。
 赤。赤。赤。赤。赤。何もかもが赤い。赤に照らされて輝く鮮烈なヴィジョンがわたしを追いかけてくる。わたしは。
 わたし。
 わたしは誰。
 だれ。
 ナニカが叫んでいる。オマエはもうここにはいないのだ。自由になったのだ。
 音はない。何も見えない。闇が世界とわたしを隔てていた。いつだって闇は――そこにあるのだ。ただ声にならない叫びと、言い表せないほどの恐怖がわたしを支配する。
 収束してゆく景色。取り戻したのではなく、かき集めたに過ぎない破片たち。
 それはわたしそのものだった。そしてわたしではなくなったものだった。
 最初にあったのは赤だった。その色は炎の業か、血の責によるものか。分からない。分からない。もう分からないのだ。誰にも。たとえわたしでない誰かがそれを知っていたとしても、わたしが感じたもののすべては失われてしまった。失われてしまったものは取り戻すことができない。
 わたしはそのとき、灼熱を肌に感じたのかもしれない。地獄を目に焼き付けたのかもしれない。血潮を吹き出しながらうめき続けたのかもしれない。すべては赤だ。染まったのか、最初から赤しか無かったのか、もう知ることは出来ないけれど。
 もしそれすらも錯覚であったとするのなら、わたしはいったい何者だと言うのだろう。記憶に穿たれた空白にぴたりとはまる赤いピース。形も時間も不明瞭で、色だけが分かるという感覚に疑問を抱けない。確かにそれだと確信しているのに、誰にも説明することができないという不安定さがある。
 どうしてか、この世界にわたしはまだ生きていた。だが、ここにはわたしにとって何一つとして確かなものはなく、ただ今在る躰のみが実在を証明するに過ぎない。わたしは憶えていない。わたしは知らない。それがわたしだったかどうかすら、真実だと確かめる術はもはやない。ならばこの躰さえ、わたしを生かしているというだけで、決してわたしのものでは無いんじゃないか。そんな疑問が生まれ、わたしを優しさで呪縛する。それはわたしを傷つけない。わたしはやわらかな闇に包まれながら、生きながらえる。
 なんてことだろう。わたしはわたしだっていうのに!
 残っているのは真っ白な感覚だ。痛覚を失ったはずの躰の内側から訪れるのは、引き絞られるみたいな激しい衝動の渦だ。そして痛み。鋭く優しい、冷たさの光に貫かれ、わたしは痛みでわたしの生を知ることになる。
 繰り返し、繰り返し訪れる痛み。
 生への実感は対概念としての死によるものか。
 苦痛。
 こうして今になって過去のことを思い返そうとしているわたしは何なのだろうと誰かのあざ笑う声が聞こえてくる。ナニカの声。不明なる存在。しかし誰も自らのことを知りはしない。
 虚無は純白ではなく、白であるというだけの世界に置き去りにされていた。目覚めたとき、わたしは目を開いた。視界は一瞬だけ黒一色に染まったあと、本来あるべき世界を取り戻した。わたしは音を取り戻した。声を発するための声帯を再び手に入れた。触覚は確かに空気と冷たい金属の感触を憶えさせたし、失われたと思っていた神経は鋭く鈍い痛みを叫び続けた。
 わたしはたぶん、起きたそのとき泣いたのだろう。そして知ったのだ。あらゆるものを失ったくせに、自分だけが生き延びてしまったことの罪を。
 再び生まれてきたという絶望を。
 人間であるがために逃れられない罪がある。それを内包するがゆえにヒトはヒトたり得るのだという。なら、これは思いこみかもしれない。わたしには確かなものは今しかない。罪なんて言葉に逃げ込んでいるだけなのかもしれない。
 真実なんて、誰も知らない。
 わたしはわたしであることを止めることにした。わたしは、わたしを許さないことにした。そして、わたしは――アタシになった。


 わたしをこの世に呼び戻した彼女のことについて知っていることはあまりに少ない。興味がなかったからだ。だが、彼女はひどくぞんざいな口調ではあったが、わたしについての様々な情報を教えてくれた。
 わたしが十五歳だったこと。山奥の小さな町に住んでいたこと。人の好い両親がいたこと。客観的に見て、充分以上に幸福な人生を送っていたであろうこと。将来のことはまだ考えていなかったこと。花が好きだったこと。趣味は読書だったこと。静寂と平穏を愛していたこと。可愛い妹がいたこと。優しい妹だったこと。
 その日が、妹の誕生日だったこと。
 彼女はそれらのことを淡々と語った。
 だが、わたしが何も憶えていないせいで、その話の主役がわたしであるという証明にはならなかった。つまり、疑う理由も、信じるだけの理由も持ち合わせていなかった。
 信じるだとか、疑うだとかは、相応の根拠や基準が必要となる。わたしの思考からはそれらが失われていた。情報の不足を嘆くよりは、情報の無意味さについて悟る方が早かった。
 それから、あとひとつ、彼女が教えてくれたことがあった。
 すべては過去であるということ。
 つまり、もう二度と帰れない日々の出来事なのだということ。
 わたしはその事実からひとつの結論を導き出した。記憶を取り戻すということの無意味さを。


 目が覚めたときも、その後何度かラボを訪れたときも、彼女は必ずと言っていいほど白衣を着ていた。もしかしてそれしか服を持っていないのだろうか。聞いたことは無かったが、男っ気の無さからもあり得ると考えていた。
 女医のように見えた。違うのかも知れない。いわゆる博士というやつだった。それが職業だか称号だかはよく分からないが、その道では名を知られた人間だそうである。
 ぜんぶ無くしたのなら、原初の記憶とでも呼ぶべきであろうか。
 わたしはその言葉をすべて覚えている。あるいは再生後からの、わたしを知るための唯一の手がかりとして、無意識に集めていたのかもしれなかった。
 憂鬱な目覚めだった。茨の世界に再び産み出されたという絶望が躰の隅々までを占めていたからだ。
「……聞いてる?」
「ああ、うん」
 ぼんやりとしたままわたしは答える。
「家は焼け落ちた。跡形も残ってはいまい。キミの両親はそのとき亡くなったのだし、妹さんもおそらく生きてはいないだろうな。ついでに言ってしまえば、周辺の住人も合わせて二十五人死んでいる。生きている人間もほとんど虫の息だ。だからまあ、キミのことを知っている人間はほとんどいなくなってしまった、と考えてもかまわない。あの小さな町は地図から消えたようなものなのだよ」
「そっか」
「そう。キミは新しい人間になったんだ。さて、どうかね?」
 芝居がかった口調で彼女は告げた。
「キミの躰は、すべてサイバーウェア技術の粋を集めて再生された。ああ、心配しなくていい。誰かがキミのような小娘を蘇生してほしいと頼んだわけではないよ。わたしが勝手にやったことだ。キミがこうして生き返ったことに対し、どれだけ高い金額と道具と技術が必要とされたかも考える必要はない。つまり、だ」
 身振り手振りは無かった。昂揚した口調でもなかった。単純に皮肉なのだろう。わたしに向かってのものなのか、彼女自身についてなのかは判断がつけられそうにない。混乱していたせいだろう。そのわりにはわたしは奇妙なまでに落ち着いていたのだが。
 わたしの躰が赤かったことについては、動揺する理由はあまりなかった。そういうものだと勝手に理解していたからだ。服代わりに与えられたボディスーツも同じ色だった。躰のラインにぴったりと合ったそれを身につけたとき、わたしの躰が人間のそれとは異なることについて不平を言うべきではないことにも思い至った。
「負債無しで新しい人生を送ることができる。キミは人間の体を失ったわけだから、対価としては支払ったものがあると言えるかも知れないがね。ともかく、災厄の渦中で膝を抱えているのと比べたなら、多少は素晴らしいことではないかな」
「でも」
「うん?」
「わたしは、何も憶えていない」
「ふむ……おかしいな。脳だけはナマのままだよ。躰を制御するためのチップは埋め込んだんだが、それ以外は一切弄っていない。とすると先天的な異常でもあったかな」
 聞かれても答えようがない。わたしはわたしのことを今知ったばかりなのだ。
「ふうん。……ああ、そうか。なるほどなるほど」
 ぽん、と彼女は初めて手を使って驚きを表現した。
「キミはあれだ。長い時間脳に酸素がいかなかったから……ちょっと、ここが(と真顔で言いながら自分の頭を指さしつつ)パーになったんだな。じゃあ記憶については諦めたほうが良いかもしれない。消えたモノは戻らないからな。……待てよ。一応言語能力はまとものようだ。どっちかと言うと、受けたショックで忘れてしまった方が正確か。そうだそうだ。喜びたまえ、記憶は封じ込められただけで戻るかも知れない」
「戻らないかもしれない、と」
「ま、そこらへんは私の専門じゃないのでね。心だの精神だのと記憶だの脳科学の分野にはあんまし明るくないんだ。悪く思わないでくれよ」
「いや、いいや」
「どっちに?」
「どちらでも。それよりサイバーウェア技術って?」
 わたしのぶっきらぼうな口調に彼女はまるで怒り出す様子は見せなかった。他人に関して興味が薄いのかもしれない。
「知らないのかね? 常識だとか、つまらないことは記憶に残っているようだが」
 彼女は口が悪いようだ。こちらもヒトのコトを言える身分じゃないが。
「さっぱり。全然」
「そうか……。実際、技術者は皆無なハズなんだがな。私が挨拶すると何故か道行く人々が皆『やあ先生! サイバーウェアっていうのは失われた技術なんですってね! オレのカミさんも改造してくれませんか!』なんて冗談さえ言ってくるものだから、つい常識なのだとばかり思っていたんだが……」
「あー。ご愁傷様としか。で、どういう?」
「言葉の通りだよ。生体を半分ほど機械化することによって生身のそれよりも能力を高めよう、ってのが技術の第一の目的だった。もしくは失った手足の代わりにもなる。義手や義足が発展した末にこうなった。これが第二。第三……というか裏の目的としては、取り替えられるパーツによって人体の多くを部品として捉えることができたなら、不死は無理だとしても、とにかく不老の方だけなら可能になるだろう、などと時の権力者か業の深い科学者が考えた挙げ句、こんな厄介なものに手を出してしまったのさ」
「不死は無理って?」
「この世界には壊れないものなんてないからね。どんなに長いように見えても、それは永遠じゃない。ということは不死は物理的な理由によって不可能だということでもある。これが定説だ。しかもサイバーウェアはただマシンを取り付けたのとはまったく別物の技術だ。神経との接続、脳からの微弱な電流との調整、機械そのものの細部で働くナノマシン。色々あるぞ。で、私は業の深い科学者の側にいるから、あまり一般化されていないこんな技術の専門家ということになる。さっきも言ったように金がかかる、技術も高度、それについての器具も凄まじく高いから普通の人間じゃ手が出ない」
「……へえ」
「で、キミは私が作り上げた技術を注ぎ込んだ生き返らせた実験体。こっちが勝手にキミの脳を使った以上、望む限りは手助けをしてやろうと決めていたんだよ」
 そして彼女はそこまで言って初めて笑った。
 口角を上げたから、笑ったんだと思う。おそらく。それからしばらくは躰についての説明が続いた。どれだけのことが出来るかと、どれだけのことが出来ないかについて。
「さ、どうする?」
「それよりもひとつ聞いていいかな?」
「なんだね」
「あんたの名前は?」
「……ああ、失礼。そうだったな。私の名前はグレイだ。マリリン=グレイ。キミの名前については……すまないが、調べていない」
「わたしのことを知っていたのは?」
「唯一焼け残った日記を読んだのさ。正確には、キミが大事そうに胸で抱いていたために助かった日記を勝手に読ませて貰ったんだ。そして困ったことに、日記にはキミ自身の名前は載っていなかった。そのおかげで、キミは自分の名前を連呼するような人間ではなかったことが窺い知れたわけだから、これは僥倖だろう。……調査すれば分かると思うが、やはり自分の名は知りたいかね」
 わたしはわたしについての不安を抱えたまま、この世界で生きることを決意した。もし望めば、彼女はわたしを殺してくれたかもしれない。
「……いいや。知らなくても」
「ほう? それはまたどうして」
「どうせ実感できないさ。それじゃ名乗っても意味がない。わたし――いや、アタシの名前はアタシが決めることにするよ」
「ああ、それもいいかもしれないな」
「世話になった」
「もう行くのか? 躰が慣れていないと思うが」
「んー。そだね、でも、なんとかなるさ」
「路銀くらいは用意してやろう。そこでちょっと待っていろ。すぐすむ」
「そりゃどーも」
 大きめの袋を渡された。アタシが受け取ると、彼女は静かに告げる。
「……たまにはメンテナンスに来たまえ。キミの躰は丈夫だが、繊細でもある。精密機械の悲しさというやつだな。不調を感じなくとも、定期的に調整したほうが良かろう」
「分かったよ。じゃあね」
「ああ。またな」
 強く引き留められなかったことを意外に感じながら、研究室から出た。外の町並みに見覚えはなかったが、過去の記憶には、あまり拘るつもりはなかった。生活するのに必要な常識やこの世界についての基本的なことはしっかり憶えている。不都合は無かった。だからこそ、顔には出さなかったが困っていた。
 歩き出す。
 これから、どうやって生きてゆこうかを決めあぐねながら。


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