…嘘…ですけどね…




「兄さん! これはどういうこと!」
 と、理奈が怒鳴り込んできた。英二が肩をすくめて、驚き顔の他スタッフたちを制して、理奈の前に出てくる。
「おいおい理奈ちゃん。まだ由綺ちゃんの新曲レコーディング中だぜ。ちょっと出てろ。な」
「関係ないわ」
「由綺ちゃんに迷惑だろ」
「その由綺にも関係しているから、わざわざオフなのに私が出張って来ているんでしょうが」
「へえ。友達思いだな」
「茶化さないで」
 ため息。誤魔化しきれないことを悟ったのか、英二は真顔で言った。
「それで。用件は」
「私たちをモデルにした話を春からドラマ化するって聞いたわ。しかももう制作が始まっているとか」
「ああ」
 雑誌片手に、理奈がにらみつけてくる。
「一切聞いてないわよ」
「そりゃ言ってないからな」
「このサブヒロインの雨宮理奈って役名……これ、私がモデルよね。それでこっちの男は冬弥君。由綺みたいな子がメインヒロインでしょう。で。あらすじに三角関係って書いてあるのは、どういうこと?」
「ん? 三角関係だと?」
「ええ。どろどろの三角関係が繰り広げられる、って紹介されてるけど、違うのかしら」
 英二は言った。
「はっはっは。青年をモデルにしてるんだ。まさかそんな話になるわけないじゃないか」
「へえ」
「七角関係だ」
 理奈はぽかんと口を開けた。
「は?」
「だから、七角関係だって。六股するんだよ。六股。もうどっろどろのぐっちゃぐちゃになって、最後には浮気がばれて包丁で刺されて死ぬんだ。で、俺っぽいヤツがこう言う」
 英二は格好つけた様子で、倒れ伏している藤井冬弥(がそこにいる、という設定で)を見下ろして告げる。
「ゲームセットだな、青年」
 理奈が嘆息した。
 顔を上げた英二は、抑揚のない声で言った。
「あ、もちろんこのアニメ……もといドラマはフィクションだ。登場するキャラクター、団体、施設、原作ゲームは現実のものと一切関係ない」
「そんなわけあるかい」
「理奈ちゃん、アイドルがそんな言葉遣いしちゃだめだぜ」
「バカな兄さんを持つと苦労するわ」
「もっと褒めてくれていいんだぞ」
「そうね。兄さんは黙っていればまともな社長に見えるんだから、口を閉ざして今すぐ死ねばいいのに。そしたらいくらでも褒めてあげるわ」
「……最近、理奈が冷たいなあ」
 兄妹が仲睦まじく丁々発止のやり取りをしている隙に、スタジオ内が騒然としている。
「どうした」
「いえ。由綺ちゃんが……」
 と、ディレクターが困り果てた様子で言葉を濁す。見れば由綺が、問題のドラマの内容が掲載された雑誌片手に、もう片方の手には携帯を持って静かに話している。
「……冬弥くん。何かな、この話」
 電話先からの声は聞こえないが、妙に慌ただしい様子は由綺の表情から伝わってくる。
「うん。私は誰にも話したことがないんだけど……どうしてこのドラマで使われてるのかな? 冬弥くんが喋ったの? そんなことはないよね。分かってる。うん」
 聞こえてくる由綺の言葉を頼りに、理奈は雑誌を隅々まで読み込んだ。そもそもスタジオ内は携帯電話での通話は禁止されているのだが、それを注意している場合ではなかった。
 ドラマの一話、二話あたりの内容に簡単に触れられているのだが、冬弥がモデルの主役の男が、ヒロインであるアイドルたちと交わした会話や思い出話、ちょっとしたトラブルに巻き込まれることなどが書かれている。
「……ねえ兄さん」
「なんだ」
「コレの脚本書いたの誰?」
「新人だな。確か、組沢きさらとか言ったな。企画を売り込んできたのもこの子だが」
「……知らない名前ね」
 遠くから聞こえてくる由綺の声ははっきりとしていて、とても穏やかだった。
「だからね冬弥君。たぶん家の中に盗聴器があると思うんだ。電話の近くとかに。そう。見つからなかったら言ってね。私が探すから。あ、ところで美咲さんを家に泊めたこと……あるよね?」
 静かな口調なのに、いやに不穏な気配がある。
 理奈がため息を吐いた。
「どうするのよ、あれ」
「どうもこうも、いいんじゃないか。影のある由綺ちゃんも可愛くて」
「兄さん、あんまり由綺に悪影響与えるようなことばっかしてると、そのうち弥生さんに殺されるわよ」
 英二は笑った。
「ああ、ところで私の部屋にも盗聴器を仕掛けてたり、しないわよね?」
「俺が? 理奈の部屋に? なぜ? どうして? ホワイ?」
「……盗撮もしてるとか?」
「あ、そうそう。俺これから別の現場に顔出さなきゃいけなかったんだ。社長はつらいね。忙しいから。じゃ!」
「待ちなさいそこの変態」
「大丈夫だ」
「何がよ」
「他人には売らないから」
「……へえ」
 理奈から冷たい目で見られて、英二は熱弁した。
「とはいえもし青年に売ってくれとせがまれたら、俺も鬼じゃないから売らざるを得ないわけだが」
「へたれ且つ女たらしと、救いようのない変態、果たしてどっちがマシなのかしら」
 英二はへこたれなかった。
「ところで理奈。俺さ、最近アイドルマスターっていうゲームにハマっててな……」
「聞きたくない」
「プロダクションの社長にして天才プロデューサー……まさに俺にぴったりな話だと思わないか」
「何が言いたいの」
「由綺ちゃんの親戚にさ、設定上は高校三年生だけど、その実体は中学生と思しきマナちゃんって娘がいてな。このあいだ紹介されたんだが、今度はこの娘を俺の手で育てようと思ってるんだ。目指せトップアイドル……と。そのためにはコミュでπタッチとかも必要だと思うんだ」
 ティンときてしまったらしい。
 うんざりした理奈は、にっこりと笑顔で宣告した。どこかに向かって。
「WHITE ALBUMに出てくるキャラクターはすべて18歳以上です。18歳未満、ましてや中学生なんているはずがないので、ご了承ください」


 場面は変わって。
「それで、由綺ちゃんのを引き渡す代わりに、藤井君のを私が受け取るということでいいんですよね」
「私はかまいません。契約成立……ですわね」
「話が分かるひとで良かった」
「ええ。どちらにとっても喜ばしいことです」
「あ、前祝いということで、このディスクをどうぞ」
「これは……?」
「由綺ちゃんの高校時代の学校生活を収めた写真集です。こんなこともあろうかと撮り溜めて置いたんです」
「澤倉さん……貴女という方は」
「うふふ。これからも長いお付き合いになりそうですし」
 澤倉美咲責任編集、と書かれた黄金色のDVDを大事そうに受け取って、弥生は微笑んだ。
「そのようですわね」
「さてと、これからドラマの打ち上げですけど……弥生さんもご一緒に来られますか?」
「いえ。これから由綺さんの迎えに行くことになっておりますので、ご遠慮しておきますわ。ただ、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんなりと」
「……あのドラマ。結局、藤井さんはどなたとお付き合いなされるので?」
 美咲は少し考えて、笑顔で言った。
「それは――」



 続きは来年一月から開始のアニメドラマを見てね!





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