目覚めると、そこは戦場だった。

 家は燃えさかる戦場になっていた。
 弾丸飛び交う死地。焦燥の支配する世界。

 ……いや、比喩じゃなくホントに。

「ご主人様ご主人様〜っ! 早く逃げないとここは危険かもしれませんでするる」
 早口気味に、金髪おとぼけメイドロボのメムがミサイルに追われながら飛び込んできた。
 でもあんまり慌てた様子はない。
 だからといって、落ち着いていればいいという問題でもない。
 特に、ミサイルに狙われているのなら当然対処しなければならない。

 この場合の正しい対処とは何だ。
 無論。逃げることだ。
 撃破することも手段のひとつだろう。
 そして、出来るのなら他の人間に被害が少ない方法で。

 運命は、そんな理論的展開を見せる俺の思考なんてどうでもいいらしい。
 
 ご丁寧に、廊下を曲がってこっちにまっすぐ。
 後ろに火を吹きながら、煙をまき散らして。 

 ってマジでみさヰるだよ!?

「うわったったったっ!」
「きゃー! きゃーっ! きゃーッ!!」
 このメンツの中では、(比較的)常識人っぽい妹と、
 悪の魔法使い(見習い)が同じように走り込んできた。
 あーもう騒がしいっ!

 だからなんで逃げられないように俺の部屋に飛び込んでくるんだお前らは。
 入り口には、ホーミング式(自動追尾及び自動照準及び手動操作型)ミサイルが三つ。
 何故かこちらを伺うように空中に停止している。

 最近の技術って凄いんだな、なんて感心してみた。

 ……事態が好転するわけがない。(開き直り中)

 仕方なしに、部屋の窓から逃げる。
「わ、こらっ。いっぺんに出ようとするなっ! 逃げられないだろっ!」
「ゴメンお兄ちゃん。尊い犠牲として人柱になってっ」
 何気に酷い発言。
 しっかりと俺の服の布を引っ張る流菜。
 そのまま抵抗しなければ、思いっきりミサイルの盾にされるのは間違いない。
「わっ、わたしは一緒にいますっ。……死んでも(ぼそっ)」
 縁起の悪い発言。
 こちらもしっかり俺のパジャマの裾を握りしめている。
 しかも逃げようとしない。
 若干マジな目がこっちを見据えている。

 ……俺を巻き込むな。

「わかりましたっ!! 窓枠を壊して逃げろ、と言うことですね?」
 間違ってる発言。
 特に最後のは洒落にならん。
 家を壊されるのも困るが、メムの行動はこういった場合余計な被害が増える。
 増えるというのが運命なのか。決まっている。

 そうでなければこんな状況に慣れるわけがない。

 自分が悲しくなった。
 しかしそんなことで落ち込んでいるヒマはない。

 何故なら。
 事件は会議室(俺の頭の中)で起こってるんじゃないッ!
 現場(主に切迫中の現実)で起きてるんだっ!!

 そんなこころの叫びを吐き出して(いるつもりになって)みる。
 だけど、緊急事態が消えて無くなるわけもなく。

 無意味に自信満々の勝ち誇った笑みで、
 両手のロケットパンチ(男のロマン)を、
 窓(ぷらすそこに挟まっている俺たち)に向けている金髪。

「わーっ!! 止めろメムっ」
「えー。せっっかく用意したんですから撃たせてくださいよぉ」

 やれやれ、とばかりに肩をすくめて頭を振る。
「わがままですねぇ」
「そういう問題じゃないっ!」
「せっかくのいい機会なのに、まったく仕方ないですねぇ」

 命と引き替えかい。

 切羽詰まっているときは、案外に人間というのはゲンキンなもので。
 しかも順応するのが早いときてる。

「うーん……スパイ大作戦みたいだね」
「なんか違わないかな……それ」
 のんびりとした会話がどんよりとした雰囲気の中に流れている。
 ちなみに、ミサイルが視界の中に入ってるのは気にしない。

 別名、現実逃避とも言う。

「えー、まみこちゃんはどう思う?」
「えっと。えっと。先輩とわたしのラブロマンス……きゃっ」
 ぽっ、と顔を赤くする。
「はいはい。メムは?」
 一応といったふうにメムに訊く流菜。
「メムは、軍事秘密兵器としての指名を果たさなければなりません……ごきげんよー」
 勝手なことばっかり楽しそうに言ってることに、頭が痛くなりそうになった。

 とりあえず、生命の危機だからもう少し緊迫感を持とうなみんな。

 状況を整理してみよう。
 真後ろにはミサイル。しかも三つ。
 黒幕。狩人と化したその存在ならば、この街を廃墟と化すのにそう時間は掛からない気がする。
 
 取るべき選択肢はミサイルと同じ数の三つ。
 まず、とりあえず逃げる。どこまでも。追っ手の掛からない遠くへ。
 ……悪くないかもしれない。
「あっ、あっ、あっっ……愛の逃避行ですっ」

 頬を赤らめている状況か。

 二つ目。
 潔く討ち死にをする。
 これが一番手っ取り早くて簡単。
 しかし、ギャグ専門の俺たちじゃ無理か。

 そして……三つ目。
「……説得、できるか?」
 ミサイルから逃げまどいながら、つぶやく。
 可能。
 可能だが……そこに行く前に栄誉の戦死を迎えそうだ。(精神的に)

 仕方ない。
 やるか……。

 紙一重で避ける。
 逃げながら、ちらり後ろを見てみる。
 同じような物体が後ろから迫っている。
 勢いは十分。
 この窮地において冷静さを失えば、生きて故郷を見ることもないだろう。 
 さあ諸君。
 散開して逃げよう……いや、これは戦略的撤退なのだ。
 意見を戦闘参謀にでも聞くとするか。
 なあ、そうだろうミリ?

「……ミリ?」

 ……ちんまいメイドロボの(何故か戦闘ばっかりに特化している)ミリの姿がない。

 はて。
 この現状。
 五人マイナス俺。
 残り四人。

 ぼけメイド、恐怖のひなしろ風コック、妹的物体の三人。
 四人マイナス三人。
 残り一人。

 残ったのは、ミリ。

 何故か、脳裏にミサイルバズーカを肩に掛けたミリの姿が浮かんだ。
 たった今にも『現在より、寺井家は不肖、このミリが占領しますでありますっ!』などと口走ってきそうだ。

 ふと、部屋の入り口を見ると。
 真剣な顔のミリが一人佇んでいた。
 こちらに向かって小銃及びロケットランチャー及びミサイルバズーカの銃口を向け、
 並びに手榴弾とスタングレネード(非殺傷用)を持ってこっちの様子を見つめている。

「おにーさま。(うるうる)」
 若干涙目。何故に。
 俺が何かしただろうか。いやしてない。(反語)
 きっとなにかしたとしても、俺が覚えているわけがない。うん。そうだ、決定〜。(無責任)
 とりあえず、この俺の済んだ瞳を見てくれ。ミリ。(真摯)

 黙ったまま見つめ合うふたり。
 俺たちは解り合える。

 ……そうだろう?

「お兄ちゃん……。そんな怯えた子ウサギの目で信じてくれって言ってもダメダメだと思うよ……」
 やっぱりそうか。
 流菜に任せよう。うん、そうしよう。
 となれば早速、行動に移さなければならない。
 これが俺の生きる道だっ! 皆の衆、見てるか?
「ハイハイハーイッ。メムはいつでも見てますご主人様〜」
 ……口には出してないはずなんだが。
「超高性能(っぽい)ですから電波が届いたんですよぉ、きっと」

 心を読むな。

「仕方ないな……」
 やれやれ、とばかりに前に出す。
 やっぱり流菜に任せるのが素早く解決へと導く一歩だ。
「ミリッ!!」
 叫ぶ俺。
 展開に戸惑うひなしろ風はとりあえずミリのほうに突き飛ばす。

 あ、撃たれた。
 ぐるぐる回ってぴったし中心部に倒れ込む。

 ゴム弾みたいだから心配は要らないだろう。
 まあ、死ぬほど痛いだけだ。
 ご愁傷様。

「この人質が眼に入らないかっ!?」
 隣にあった肩を掴んで前に出す。
「えっ! えっ! ……ええーッ!!」
 その人質が焦っている。
 戸惑った顔。
 ひとしきり叫んで、がくっ、と肩を落とす。
 ミリの顔と俺の顔を交互に見て、ため息を吐き出す流菜。
 疲れたサラリーマン風の乾いた笑い顔だった。
 なんかこう。なにもかもを受け入れたような。

 すまない流菜。
 俺はかわいい妹の犠牲を無駄にはしないぞ。

「くっ、なんてヒキョウなっ!」
 さすがに流菜を攻撃すると後が怖いと思ったのか、うかつには仕掛けてこない。
 ジリジリと、背筋を走る緊張。
 硬直状態になった。
 ぴくぴくしている雛城はとりあえず障害物として盾にする。
 真ん中のひなしろ風物体を壁として、武器を向けあう。
 こちらの武器は、……これだっ!

 ……バンデラス一匹。
 うわ……ダメダメだよ。

「投降してくだされば、おにーさまの犯した数々の悪行は許してあげないこともないかもしれません」

 はて。
 俺がいったいどんな悪行を犯したというのだろう。
 記憶にないが。(←たった今も人質をとっています)

 ミリは持ち方に格好つけながら銃口をまっすぐと(人質の)流菜に向ける。
 完璧に精密に正確に真っ直ぐに寸分違わずに。

「うわったったったっ!」
 身をよじって銃口から逸れるように逃げまどう流菜。
 それをあざ笑うかのように微笑みを浮かべたままぼボケっと突っ立っているメム。
 って、どうにかするつもりがないのか。このメイドロボは。

 こんなことやっている間にも、たんたんたんと発射される弾。

 壁を跳ねてひなしろ風未確認生物に当たった。
「……ぅぎゃ」
 変な声が出た気がする。実際には出てないはず。
 出てない。きっと。たぶん。そうだといいなぁ……

 気にしないでおくのが一番良いと思うんだがどうだろう。

「ううぅっ、がんばって生きてくださいねー」(薄情)
 ハンカチで涙を拭いている(振りをする)メム。
 正方形の布を降って、さよ〜なら〜。
 船上に乗ってどこかに旅立つひとを見送っている演技。うーん三十点。
「ってコラーッ!! 助けなさいよっ」

 怒気をにじませて、メムに向かって叫ぶ流菜。
 ちょっと涙目。

「こらこら。年頃の娘がはしたないぞ」
「あ、それもそうか」
 おとなしくなった。
 結構素直。
「ではこの、ご主人様に仕えて約一万年。(多少サバ読み)
 完璧なメイド。完璧なご奉仕。完璧な金髪と三点拍子そろったわたくしメムにお任せくださいっ」

 どこがだ。
 って言うか、完璧な金髪ってなんなんだ。

「あ、なんかものすごく不安」
「俺も。なんでだろうな……」
 こちらの白い雰囲気には気づかずに張り切るメム。
 ゴォーッ、とロボットアニメ風の音がどこかから響き渡る。

 どっから鳴ってるかなんてツッコミは入れちゃいけないぞ?

「ではッ! いざ行きまするるる」
 シュタッ、と。
 ミリの目の前を風のように吹き抜け、嵐のように通り抜ける。

 ……通り抜けたらダメだろ。

「予想通りかな?」
「いや、もっと突き抜けてるぞ」
 壁にぶつかって終わりかと思ったら。
 壁を突き破ってどこか遠くへ。

 行ってらっしゃい。(どこかから汽車の音が響き渡る)

「さあ、残るはおにーさまと流菜さまだけなのですっ」
 ミリが真剣な顔で手榴弾を持った。

 いやそれはシャレにならないってば。

「要求は何だっ! なんだったら俺はちゃんと交渉の余地を持つからな、な!」
 あきれたように流菜がつぶやく。
「人質取っておいてそれはせこいと思うよ、お兄ちゃん」
 うるさい。

「要求はただひとつ……」
 ふらり、と。
 あたかも剣客のように間合いを取って近づいてくる。

 ピンに小さな手をかけたまま。
 マズイ。この状況は非常にマズイ。

「私をおにーさまと一緒に寝させてくださいっ!!」

 叫びに反応してよみがえるゾンビ。(ひなしろ風)
 うーうーと泣き声が響き渡る。
 怖い。
 これは怖い。

 さすが悪の魔法使い。(注:魔法は関係ないです)

 怯えるミリ、流菜、メム、バンデラス、俺、雛城。
 ……って自分で怯えてどうする。

 襲いかかるひなしろ風ゾンビ。
 それを迎え撃つ正義の使者ミリ。

 子供が見たら泣きそうな鬼気迫る凶相で。
 あの発言の実現を阻止しようと、それはもう……まさに魔女。
 でも動きはゾンビ。
 ひなしろ風の名に恥じぬ、まさにひなしろ風オブひなしろ風。

 怖ッ!!

 光(銃口の火花:マズルフラッシュ)を使って戦うミリは、
 至極当然簡単お手軽楽々あっさりとゾンビを打ち倒した。

 弱いって。

「いや、俺はかまわないが」
「問答無用っ。この世は弱肉強食なのだと先日知りましたですっ。と言うことで、武力公使でありますっ!」

 かまわないって言ってるんだから話を聞け。

「って、お兄ちゃんッ!!」   
 怒声が俺の鼓膜に炸裂ッ!
 俺、三千五百九十三のダメージ。
 ばたんきゅう。

「あ、あの……私も一緒に……」
「だったらメムもご一緒に。ご主人様にご奉仕ならお任せですよー」
 復活したふたりが手を挙げている。
 いきなりかい。

「こらっ! ダメダメに決まってるでしょっ」
 流菜が叫んだ。
 常識的見解から言えば、まあそれはそうなんだが。

「……コホン。(咳払い) ただし、あたしも一緒ならかまわないですケド」
 照れながらこっちを上目づかいで見つめてくる。
 はて。
 この状態は嬉しいような困るような。
 俺にどうしろって言うんだ。

「決まり、でありますかッ?」
 勢い込んで訊いてくるミリ。

 俺は、気になっている最大の懸案事項を訊いてみる。
「……で、どうするんだ?」
「えっと……」
「それは……」
「どうしましょうかねぇ?」
「みなさん添い寝希望でありますかっ?」

「あ、とりあえず不公平のないようにね?」
 流菜が常識的見解からつぶやく。
 単に混乱するのが嫌なだけかもしれないけどな。

 どことなく不満顔。

「あ、いい案思いつきましたですっ」
 ミリが輝く顔で言い出した。
 それに続くその他数名。
 
 俺も思いついてしまったので、一応訊いてみる。
 
「まさか全員一度に一緒に寝るとか……?」
「「「「その通りっ!」」」」
「……俺の部屋に五人は狭すぎるだろっ!!


 却下されました。
 しくしくしくしくしくしく。(すすり泣き) 


 こうして我が家には、
 プライベートな空間が(俺だけ)存在しません。
 当然のように、身動きのとれないベッドの上(俺だけ)。
 人生って……なんて難しいものなんだろう。
 ……そんなことをいやがおうにも感じさせられた日でした。
 
 もしかして、戦うだけの意味はなかったではないだろうか。
 目の前で笑う四人に向かって、そんな台詞を吐けない自分に気付いた今日この頃。

 口の中だけでつぶやく。


「女の子って強いなぁ……」 



 終わり。




































 ところで。

「なあミリ。弱肉強食とか言い出したのはなんでだ?」
「あ、はいっ。師匠の助言に従ってなんです。
 『幸せのためなら自分の願いに忠実にね?』と仰られまして」
「……師匠?」
「おつかいに出かけた先で出会いまして、大変感銘を受けましたのです」
「どんなやつ?」
「『我が輩は天使である。名前はもうない』とか名乗って、おにーさまの情報を大量にいただきました」
「ちょっと待て。しかも、大量にって」
「大丈夫でありますっ! ちゃんとメモリーの奥深くにしっかりと刻みつけましたっ」
「刻みつけるなっ」
「あ、そう言えば伝言がありましたです」

『幸せのために頑張ってね〜』

「だ、そうで」
「……深月のやつ……」
 
 俺たちにわざわざ気を遣って遠くから見守っているんだな。
 ありがとう……深月。

「あ、師匠を発見」
「なにっ! どこだどこだどこだっ? いやむしろなんでいきなり見付かるッ!?」


 ホントに終わり。



戦場より帰還する 。
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