「おはようございますっ!」
「おはようございますっ!」
 張り上げた声の挨拶が、よどみきった局内の廊下中に響き渡る。
 スポンサー様のお膝元で笑顔をこぼすアイドルたちが、今日も仕事用の無垢な笑顔で、高さがまばらなスタジオのドアを押し開けていく。
 汚れきった世界を循環するのは、視聴率の嬌声。
 清純派のイメージは壊さないように、はっちゃけるなら徹底的に、アイドルの階段を駆け足で昇り詰めるのがここでのたしなみ。
 もちろん、アイドルとしての寿命を全うできずに業界から消え去るなどといった、才能のないアイドルなど緒方プロには存在していようはずもない。

 緒方プロ。
 昭和後半生まれの緒方英二設立のこの事務所は、もとは緒方英二本人が目立ちたいがためにつくられたという、行き当たりばったりの兄を、妹が教育した苦心の成果である。
 東京都下。緒方英二のわがままを未だに受け入れなければならないこの業界で、パトロンに見守られ、着ぐるみからトップアイドルまでの道のりを、レズっけあるマネージャーにねらわれながら励まされる茨の道。
 英二の髪も白くなり、そろそろ痛んできたんじゃないかと周囲から心配されるのをよそに、周りを巻き込んで行動するのを容認し続ければ大学院卒の緒方英二の手で将来を弄ばれる、という仕組みが理奈に壊される寸前の貴重な芸能事務所である。





 自らが社長を務める事務所。
 英二が真面目そうな微笑を浮かべて入室した瞬間、ずん!となにやら明朝体で書かれた文字の羅列が突きつけられた。
 紙面の文章に目を通し、紙の向こうにあるツインテールに声を掛ける。
「いったい、どうしたのかな理奈ちゃん」
「……兄さん。どういうことか、教えてくれるわよね」
 じと目があった。
 英二は、その日、朝から生命の危険にさらされたことを悟った。そしておそらくは、自ら蒔いた種なのだ。すでに出勤していた社員と、のんびりお茶を飲んでいる由綺に向けて、突然大声で叫んだ。
「もう逃げ場はないかもしれない。さようなら、由綺。さようなら、事務所で苦労をともにしてきたみんな。
 妹の手にかかって逝くなら、仕方ないかもしれないな? だろ?」
「兄さん、話を逸らさないで」
 たぐいまれな演技力を発揮して、英二は首を数回、振った。それから持っていた紙袋から一個のゲームソフトを取り出し、理奈に手渡す。受け取った理奈はそれを見て、目が点に。
「なぁ理奈、お前は俺のようになっちゃいけないぜ。そして、これだけは覚えていてくれ……俺は真面目だったんだ。なにもかも真面目に企画したんだっ!」
 泣きながら、脱兎のごとく逃げ去った。無論、嘘泣きに決まっていた。
 理奈、逃亡する兄の後ろ姿に呆然としたまま反応できず。手に持ったそれをどうしたものかと途方に暮れていた。
「……ねえ、理奈ちゃん、どうしたの」
「由綺、いい? これからどんなにつらくても、くじけちゃダメだからね」
「へ?」
「兄さんが、なんか妙なこと企んでたみたいだから」
 ゲームソフトを由綺に見せた。
 ノンフィクション浮気ゲームと題されたそれは、デフォルメされた由綺らしき人物と、理奈らしき人物に挟まれ、情けない顔をした男が一人おろおろとする絵が描いてあった。
 企画立案、ゲームプログラム、音楽、声優担当――ほとんど緒方英二名義だ。女性の声優担当者と、脚本は特別協力とだけ書いてある。
「……これって」
「見ての通り」
 返されて、なんとなく透かしてみる。どうにもならないのだが。
「アイドル育成ゲームだそうよ」
 理奈は苦笑して、視線を事務所内に向けた。
 慌てて目をそらす所員一同。
「あ、メーカーは緒方プロになってる」
「……どういうことなのか、説明してもらいましょうか」
 鬼がおったのじゃ。
 そこには目を光らせて獲物を探す鬼が。
 聖母のようなほほえみで、由綺が理奈をしずめようとした。
「理奈ちゃん、そんなに怒らなくても」
「ここを見てから言って、由綺」
「……」

『恋人を奪われて傷心の林河由貴を落とすのは、君だ!』

 ここでクイズです。誰を指しているのでしょうか。
「……ちなみに私はこれみたいね」

『恋人を奪うために愛する兄と彼とのあいだで揺れる大方りいな』

「……」
「……」
 くるり、といった軽い動きで振り返った由綺。
 にっこり、といった感じの笑みを浮かべた理奈。
 なんらかの形で関わっていたのだろう。事務所にいた人間が我先にと逃げだそうとしているのがよく見えた。彼らは一様に、今から悪鬼に狩られ地獄へと運ばれるのだと思った。

 命の炎の散る様は、美しいのです――空耳のはずだ。だが、たしかにその場にいた人間にはそんなナレーションが聞こえたのだ。
「そこの矢島さん」
 生け贄の名前は矢島さんと言いました。かわいそうに。呼ばれた彼はぎくりと体を震わせてくずれおちました。さきほどの由綺の動きはもはや修羅の視線と代わり、理奈の笑みは悪魔の陰鬱な笑みと化していました。
 みんな、もう彼のことは諦めて挨拶回りにでかけてきまーす!と元気いっぱいにドアから逃げ出して今日中はもう帰ってくる様子はありません。
 かわいそうに矢島さん。
 かわいそうに。

 ばいばい。

 ――全部吐かされた矢島は、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいうちにはやっと二歳になったばかりの娘が、娘がー! ゆるしてください私が悪かったんですもう知っていることは全部しゃべりましたからどうか、どうかお慈悲を。……こんなことならあかりさんに告白しても愛していれば俺のことを悲しむひとはいなくてすんだのかな……あああああ。こんな情けないお父さんを許しておくれあかり(忘れられなくて娘につけた名前)ーっ」
 かわいそうに。
「まあ、とりあえず知りたいことは分かったから解放してあげるけど」
 あげるけど。
 続く言葉は決まっていた。
「これからは、もう兄さんの陰謀になんか乗ったら」
 乗ったら。
 続く言葉は決まっていた。
「命だけはおたすけをぉぉ……」
「……私たちは鬼じゃないんだから、理奈ちゃんは許してくれますよ」
 由綺が微笑んで、いった。
「ほ、ほんとうに?」
「ええ……理奈ちゃんは」
 限定していた。
 由綺は? ――そんなことは、もちろん聞けなかった。
「ところであのキャッチコピーを考えたのはだれなんですかぁ」
 疑問の声があがる前に、にこにこと、問いかける。
「あ、あれは」
「だれなんですかぁ」
 にこにこと、繰り返す由綺。
 プレッシャーに耐えきれなくなったのか、矢島はもつれる舌でなんとか答えた。
「その、社長の、協力者だそうです……」
 それが誰かは知らないようだ。
「ありがとうございました。じゃあ、お仕事がんばってくださいね……」
 そういって、理奈を促して事務所から出ていこうとする。
 ようやく自由の身なんだ、と矢島が大きく息を吐き出したその瞬間。
 ――人間は息を吐く瞬間は無防備になるという。
 それを由綺が知っていたのかどうかは定かではないが、ただひとこと。
「……関わったひとたち、みんなあとで」
 みんな!?
「あ、いけないいけない。独り言はやめようって思ってたのに」
「ほらほら、由綺、独り言なんていってちゃトップアイドルへの道は遠いわよ」
「うん。分かったー。じゃあ行こうか、理奈ちゃん」
「ええ」
 みんなをどうするのさ!?
 矢島の胸の裡にトラウマと恐怖心を多大に残して、由綺たちは英二を捜し始めた。


 わりと早く情報が見つかった。
「……えっ、冬弥君、本当に見たの」
「見たけどさ、由綺。どうした、そんな慌てて」
「藤井君、あの白髪頭に何か預かってたり、しない?」
「理奈ちゃんまで……たしかに預かったけど、えーと、これを無理矢理押しつけられたんだけど、また何かやったの?」
 また、の部分に妙に力がこもっていた。何かあったのだろう。まあいつものことなので二人とも気にしないが。
「とりあえずそれ、渡してくれるわよね」
 お願いの言葉だが、異様な強制力があったので、冬弥はおずおずと差し出す。
 紙袋だった。
 中身を物色すると紙束が出てきた。女ばかりのバトルロワイヤルだのなんだのと、まあ出るわ出るわ色物企画ばかり総数二十個近く。その多くはパラレルワールドで実際やられているかもしれないが、とりあえず現状では関係無いので、理奈があきれるだけに留まった。
 そして、とうとう有力な情報を発見した。
 ゲームのモニターがいるのだ
 理奈やら由綺やらその他緒方英二周辺にいる人間を投影した、禁断のゲームの。
 おそらく、英二はモニターと一緒にいるに違いない、と理奈は推測した。由綺は誰がモニターだろう、と事情を冬弥に教えて、問いかけた。冬弥が知っているわけもなかった。
 三人で悩んでしまった。誰だろうか。このようなゲームに賛同し、モニターまでも請け負うような人物。おそらく英二が信頼しているであろう、ゆえに身近にいるはずの誰か。
 顔の見えないその人物の正体は、そしてその居場所は。
 冬弥は、冗談でぽつりと漏らした。
「弥生さんだったりして」
「由綺のマネージャーの?」
 理奈の言葉に、
「そう。でもまあ、そんなことはないと思うけど」
「あはは、冬弥君ったら、まさかー」
 由綺が笑い飛ばそうとして。
 でも、生まれた疑念はむくむくと鎌首をもたげて、彼らの思考にねらいを定めていた。
 篠塚弥生。
 由綺のマネージャー。
 由綺は気づいてないが、彼女は由綺のことを愛しているのだ。
 ならば。
 冬弥は思った。
 ……すっごいありそうでやだなぁ。
「でも、弥生さんだったら協力する理由はないんじゃないかな」
 由綺の言葉にも、力はない。
 理由ならあるのだ。ただ由綺が知らないだけで。他にいるだろうか。このような企みに後ろめたさを感じながらも乗ってしまうような人間が。いや、弥生ならば後ろめたさも感じずに行動するかもしれない。
 考えれば考えるほど、理奈も冬弥もその確信を強めていった。


「あら、由綺さん。今日はどうなさりました」
 今日はオフだった弥生の自宅に三人で来て、由綺は挨拶すると、開口一番質問することにした。
「おはようございます、あの、弥生さん」
「はい?」
「こういうゲームのモニターとか、やってませんよね?」
 持ってきたそれを見せる。
「……いえ」
 奇妙な間があった。
 逡巡して、嘘をつこうと決心するのには十分なくらいの間が。
「モニターはやっておりませんが」
「……本当に?」
「嘘は申しておりません。私は、由綺さんに嘘は吐きませんので」

 そそくさと失礼して、顔をつきあわせる三人。
「どう思う?」
「なんか、妙に引っかかる言い方だったわね」
「もう、冬弥君も理奈ちゃんも……弥生さんは嘘なんてつかないよー」
「嘘……嘘ね」
 なにか思いついたらしく、理奈が弥生の部屋に向かった。慌てて追いかける他二名。

「あの、篠塚さん」
「……なんでしょう」
「モニターは、やってないのよね?」
「そう申しました」
「制作者サイドの人間だったってこと、なんでしょう?」
「緒方さん、お見事です。少々早くことが露見してしまったようです」
「……えーと、つまり」
 冬弥が考えをまとめようと声に出すと、先をとられてしまった。
「つまり、兄さんの協力者だったのよ。でもモニターじゃない。おそらく足りないはずの、女性声優を担当したんでしょうね」
「ええ、その通りです」
 悪びれた様子もない。バレたらバレたでかまわなかったようだ。
 そんな弥生に、理奈は言いにくそうに問う。
「もしかして、あのゲーム」
「……私も、ひとの子だった、ということなのでしょう」
 遠い目をして語られた。
「意訳すると、由綺さん役やりたかったってことでファイナルアンサー?」
「…………」
 目を伏せて拗ねられた。
 普段見られない弥生の様子に、由綺は混乱中。
「阻止するわ」
「かまいませんわ」
「……へ?」
「私はもう目的を果たしましたもの」
「……あ、なるほど」
「じゃあ、他の協力者かモニターが誰か、知りませんか?」
 冬弥の問いに、つーん、とそっぽ向いた。
 滅多に想像すらできないうえに、たぶんこれから一生まずお目にかかれないような光景に、冬弥ちょっとどきどき。
 むっとした由綺が、弥生をきつく詰問する。堅い口調だった。少し怒っていた。
「知りませんか?」
 がらにもなく弥生は動揺して、すぐに答えた。
 その人物の名を聞いて、あっちゃあ、と冬弥は目を覆った。


「はるかっ!」
「わ。由綺が鬼だ」
 的確すぎだった。
「ご託はいいの! それより英二さんに何か頼まれたでしょっ」
「うん」
 普通に答えられた。
「……はーるーかー……!」
 由綺さん、めらめらと燃えてらっしゃいます。
「報酬がメルセデスの自転車だったから」
「なら、仕方ないかぁ」
 方向転換は早かった。
「高いもんね」
「ん。最新モデルのためなら、彰を質に入れてでも」
 そういうことらしかった。
「冬弥君と自転車なら?」
「……」
「……」
「……」
「……って悩むなよっ!」


 コンコン。ドアをノックする音。
「こんばんはー。お届けものですー」
「あ、はーい。ちょっと待ってくださいね」
 澤倉美咲はとたとたと玄関に向かって、ドアを開け放った。
 ドアは天国につながっていた。
 見知った顔が、なんとも、怖かった。
「……」
「美咲さん」
「……きゅぅ……」
「なんで倒れるんですかーっ!」
 由綺は倒れている最中の美咲に無茶言ってたたき起こした。
 美咲は、気絶も許されなかった。
「な、なにかなぁ、由綺ちゃん」
 バレバレです、美咲さん。心の中で滂沱の涙を流してツッコむ冬弥。声に出すのはさすがにためらわれた。
「脚本、依頼されましたね?」
「……な、なんのことやら。あ、ほら、わたしちょっとボケっとしてるところがあるから、ついつい忘れちゃったのかも」
「自分でチャームポイントを欠点っぽくいったところでごまかされません。美咲さんは、脚本を書きましたね? そしてあのキャッチコピーをつけたのも美咲さんですね?」
 由綺が饒舌になっている。
 かくも環境はひとを変えるものか! と思いながらそろそろ落ち着いてきた理奈と、なんでついてきちゃったんだろうと後悔し始めた冬弥はよそ見をして現実逃避をしていた。
 人生ってそんなかんじ、とかいう幻聴と、はるかのイイ笑顔が思い浮かんだ。イメージ映像なのに、親指まで立てているのが余計に腹立たしい。
 真横では叫び声が響いていた。
「どうしてっ!」
「わたしだって……わたしだってっ!」
 修羅場ってます。
 が、べつに冬弥を巡ってでないあたりが悲哀。
「……」
 冬弥、ひとりで勝手に落ち込んだ。
「ああ、よしよし」
 順調に冬弥を手なずけようとする理奈に、由綺は視線で威嚇した。
 とりあえず、
 結果として美咲が泣いて「由綺の幸せなアフターシナリオ書くからぁ」と懇願するまで、由綺は問いつめ続けた。


 そして、最後の場所に来た。
 観月マナの家である。
 彼女がモニターであることはもはや明白だった。普段から日中家には両親がいないことも、英二が匿われているであろう根拠としては強かったし、何より出番無いメインキャラは他にいないという身も蓋も無い理由があった。
 正面からでは逃げられるか隠れられる可能性があると思い、まずは回りこんで家をのぞく。この際多少法に触れても仕方あるまい。
 そして理奈は見た。
 探しもとめていた兄の、変わり果てた姿を――

  まさか、あの兄があんなことになるなんて。

 ――真っ黒なスーツ姿でネクタイもきちんと締めて、少女に跪いてる……

 ……見たけど、やっぱり見なかったことにした。
 決死の努力をして、
 脳内からいまの映像を消そうとする理奈。無理だったが。
「ホスト、だったね」
「……うん」
 由綺も見ていた。冬弥も否定できなかった。
 いることは確認したし、あとは突入するだけなのだが。
 あんなものを見てしまったあとでは、モチベーションが持続するわけもなかった。チャイムを押して、冬弥だけを屋内から見える位置に残す。
 ドアが開いた。マナが自然な感じを装って挨拶してきた。
「あ、いらっしゃい」
「……やあ」
 冷や汗たらり。
「マナちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……っ!?」
 ばれたことを悟ったのか、遁走しようとするのをぎりぎりで捕まえた。由綺と理奈の姿も視認して観念したのか、大人しくなった。
 と思ったら、すぐさま、
「話してよぅっ! こぉんのロリコン! ろーりーこーんー!」『
 マナは大声で人聞きの悪いことを叫んだ。黙らせるために口をふさぎ、一瞬の早業で何気なく用意していたガムテープを由綺がマナの口に貼り付け、腕と足をぐるぐるとどこからか取り出したロープで縛り付け、簀巻きにしてt       ……ぐえ』
「なにをやってますか、英二さん」
「……いや、囚われのお姫様を救い出そうかと」
「ガムテープだのロープだのと、ひとを誘拐犯みたいに言わないでください!」
「やだなあ、青年、ちょっとしたおちゃっぴぃじゃないか」
「……ともかく、そんなものは持ってきてませんっ!」
「そうか。それは残念だな」
「なにがですかっ!」
 由綺はさきほどの美咲相手で発散したのか、いつも通りのぽよぽよした雰囲気が戻ってきていた。
 だが、ゆっくりと、前に出る理奈は。
 怒っていた。そりゃもうここにきてさっきの姿見て、燃え上がっちゃっておられました。悪鬼羅刹も裸足で逃げ出しそうな空気。気を抜けば押しつぶされてしまいそうなプレッシャー。もう逃げられない。それは永遠でもなく、真実でもなく、ただそこにあるだけの殺気――
「ねえ、兄さん、もうお祈りはすませた?」
「いやいや、うちはもともと無神論者の家系だからな。理奈もそれくらい知ってるだろうに」
「だって、神様に頼らないともう逃げ出せないと思うけど」
「へ?」
「はい」
 ぺし。
 さきほどまで無かったはずだが、なぜかガムテープが手元に。口をふさがれる緒方英二。
「それで、こうする」
 ぐるぐるぐるぐるぐる。
 やはりさきほどまで持ってなかったように見えたロープで、身動きをとれなくしてしまう。
「……うー! ううーっ!」
「え、なに兄さん? なんでこんなものを持っているかって?」
 こくこく。
「それはもちろん」
「……ごめんなさい! 私、英二さんも好きだけど、それ以上に理奈ちゃんのファンだからぁっ」
 裏切った。
 観月マナ、思いっきり裏切ってた。
 謝っているように見えて、さりげなく強い方に(つまり理奈の後ろに)ついて隠れてしまった。
「ガムテープもロープも観月マナさん提供」
「むーっ!!」
「ええと、あとは東京湾、だったわよね?」
 にっこり。
「……うわぁ」
「お姉ちゃん、理奈ちゃんってこんなに怖いんだ」
「マナちゃん……これが大人になるってことだよ」
「冬弥君、帰ろっか」
「……うん。あ、マナちゃんはどうするの?」
「えっと、しばらくお姉ちゃんちに泊まろうかな」
「どうして」
「だって、お仕事しばらく休みでしょ?」
「……」
「……」
「……」
 どこかへと連れて行かれる緒方英二を見ながら、妙に納得してしまった。
 ばいばい。
 さようなら英二さん、お幸せに。

「むー! むぅー!」
「はいはい兄さん、しばらくは南の島で頭冷やしてきてちょうだいねー」
「むーっ!」
「ああ、大丈夫よ。……半年くらいは誰も助けに来ない無人島だから安心して」

 それからしばらくのあいだ、みんなのもとには平穏が訪れましたとさ。
 めでたしめでたし。






  次回予告。帰ってきた緒方英二は宣言する!
 「妹よ、兄の勇姿を見ておれいっ」
 「兄さーん! 私が間違ってたわ……これが、愛?」
 「ああそうだ。分かってくれたなら、すべて無に帰そう……さあ理奈の大好きなお兄ちゃんのために脱いで素直に体をひらくん――』

 ぐしゃり。紙を握りつぶす音。

「ねぇ……兄さん、この企画書はなにかしら」
「り、理奈? なっ、なぜここに!?」
「まさか、由綺の部屋の真向かいに借りてるとは思わなかったんだけどね……」
「そんなの都内の潜伏場所ならバレないと思ったからに決まってるだろ」
「ここ、都内じゃないけど」
「……」
「……」
「ははは、引っかかったな理奈! ここは俺の部屋なんかじゃないんだ」
「……まあ、一応聞いてあげる。誰の?」
「弥生姐さん所有物件」
「……あのひとは……」

 頭を抱えたくなるのを必死にこらえて、理奈は兄へと指を突きつける。

「さてと兄さん、言い訳はある? 逃亡者に情けを掛けるつもりは毛頭無いけど」
「理奈ひとりで俺を止められるとでも?」
「甘いわね。さあ、大人しくお縄につきなさい! そして真面目に仕事しなさいーっ!」
「いやだ! そんなお願いはきけないねっ!」
「誰の真似してるのか知らないけど、お願いなんてしてないわ。これは」

 容赦のない目で、見下ろされていた。
 めっさ怖かった。

「――命令よ。さあ、兄さん、溜まってる仕事終わらせるまでは一切休ませないから」
 言葉と同時に、何処かからわらわらと黒服の男たちが湧いてきた。
 がっしりとした体格の男どもの手で、英二は連れ去られていく。
「うわっ、まてどっからでてきたお前らやめろなにをす

 隠しカメラと、(隠れていた)弥生さんだけが見ていた。


 こうしてせかいはへいわになりました。よかったね、よかったね。
 めでたし、めでたし。


戻る
inserted by FC2 system