スフィーは歌うように言った。
「――というわけだから、けんたろが子供ってことで」
「……え?」
 疑問の声なんて気にしなかった。

 ――ぼわんっ。

 スフィーは五月雨堂店主宮田健太郎に手を翳すと、擬音っぽい音がした。
「うし成功ー」
「って」

 そりゃもうどっからどー見ても子供である。
 宮田健太郎は、刹那の後、見た目十歳ほどの少年と化していた。
 効果音が安っぽかったのは気にしない。
 なぜか頑丈そうなロープで縛られているのもお約束だ。

「え? えええっ!?」
「ふっふっふ。このスフィー様にかかればこんな魔法も軽い軽いー」
「マテ」
「あれ、どしたの。なんか怒ってるように見えるけど」
「怒ってるんだよ!」
「どーして?」
「どーしてと言うか。分からないか!」
「ぜんぜん」
「……そーだよな。そーゆーやつだったよな」
「む。なんかひどいコト言われてる気がするわね」
「気のせいだ」
「けんたろの嘘つきー」
「やかましい。とりあえず俺を元に戻せっ」
「えー。可愛いのに」
「だからマテい」
「ほら、あたしって魔力が減ると小さくなるでしょ?」
「ああ」
「だーかーらー、それをちょっとけんたろに回したの」
「……つまり、魔法を使うと俺が小さくなるのか」
「良かったね。人類永遠の夢の若返りだよ!」
「嬉しくないっつーにっ!」
「そんなあっ!」
「驚いた顔をするなっ!」
「かくして五月雨堂は史上初の子供店主が経営することになりましたとさ」
「そんなオチで締めるなあっ!」
「けんたろのわがままー」
「うるさいわっ」
「このスフィー=リム=アトワリア=クリエールのやることに間違いなんて…」
「どっからどー見てもおかしいわっ」
「そんなこと言われても」
「……スフィー。ひとつ聞いていいか?」
「なーに?」
「実は俺のこと嫌いだろ」
「そんなコト無いデスにょ?」
「……日曜に遊びに連れてってやらなかったこと根に持ってやがるな!」
「そんなコト無いデスにょ?」
「……なんか分かりやすすぎて泣けてくるよ……」
「ところでけんたろ」
「なんだ」
「実はね」
「もったいぶらずに早く言えー」
「結花の可愛いもの好きと似たよーなもんなんだけどー」
「ああ」
「リアンは」

 ここで一端言葉を止めた。

「リアンは、なんだ」
「リアンはね、実は――」

 がらり。
 五月雨堂の入り口が大きな音を立てて開き、敷居をまたぐ小柄な少女の姿。
 スフィーの妹、リアンである。
 入り口を抜け、店内の姉の姿を探し――健太郎を見つけた。
 見つめた。
 見た。
 じっと見た。
 これ以上ないってくらい凝視した。
 まじまじと目を丸くして、じぃ〜っと視線が離れない。
 動かない。
 動かなかった。
 ただひたすら見られている感覚に健太郎は気恥ずかしさを覚えて――

 リアンが動いた。
 一歩。距離を詰め、健太郎の目の前に来て、目が合って。

 血走った目が、そこにあった。

「ね、ねっ、姉さんこの子どうしたのッ!?」
「んー。それ、けんたろ」
「え……えええっ!」

 じぃっと見られる。
 怖い。
 怖いよママン。健太郎はなぜか悪寒を感じ、背筋が震えた。

「もらっていいですか?」
「だってさ」
「ダメだ! ひとをモノのように扱うなんて間違ってる!(真摯な声で)」
「――死体ってモノ扱いじゃダメかな(ひそひそ)」
「――それは流石に不謹慎なのでは(ひそひそ)」
「うーん。リアンが我が儘言うなんて滅多にないしぃ」
「じゃあ姉さん!」

 ここで一端健太郎が目隠しをされる。縛られてるから為すがまま。
 がさごそがさごそ。がちゃ、ここから先、擬音で状況を表現しています。
 ぴー『よしよし、ホットケーキ五十枚で手を』ぴー。
 めげちょめげちょ『じゃあ姉さん、この券渡しておくから結花さんに』ぐにょ。
 ぽけれぽ『おっけー』むげれぽ。

 以上、姉妹の愛くるしい会話。
 スフィーは妹に真剣に対等の人間として(等価交換)向き合った。

「よぉっし、大盤振る舞いだーっ」
「ちょっと待てスフィー、いま何を渡された」
「ふぁいとー」
「ふぁいとー」
「なに二人して微笑ましい光景のフリしてるんだよっ」
「じゃ、けんたろー頑張ってねー」
「頑張りましょうね、健太郎さん」

 リアン=エル=アトワリア=クリエール、
 彼女はロリ属性の見た目を持つ少女にして、――実はショタ。

「んな馬鹿なーっ!」
「と言われてもホントだし」
「健太郎さんなら、年とか問題なっしんぐですから!」
「あ。」
「『あ。』じゃないっ」
「いやほらこのゲームは十八歳未満いないワケだし?」
「そこで可愛らしい疑問系なんぞいらんわあっ」
「もうっ、けんたろの馬鹿! カルシウム不足ケチ!」
「関係ないだろうがっ!」
「では…」
「あ、うん。ちゃんと店は開けておくからねー」
「それでは姉さん、後のことはよろしくお願いします」
「任せてっ! ちゃっちゃっと魔法で記憶消しておくから」
「分かりました。ご期待に添えるよう精一杯開発しますっ」
「うんうん、我が妹ながらたくましくなったねえ」
「ありがとう姉さんっ。大好き」
「あたしも大好きさー」

 美しきかな姉妹愛。


 かくして彼女たちがこの世界に来た真の目的は達せられたのであった。
 いやほら記憶消すのなんて人さらいが一番必要とするワケですし。


 それ以降、宮田健太郎の姿を見る者は――


「ほらほら健太郎さん、これならどうですか?」
「女装じゃねえかっ」
「かわいいのに」
「今来てるのも似たよーなものじゃないか」
「ゴスロリと少女っぽいのはちょっと違うんです!」

 力説された。

 すでに数ヶ月が経過した。
 部屋で飼われている健太郎は起こりうるかもしれない奇跡を待っていた。
 江藤結花が気づくかも知れない。というか何故こんだけ経って気付かない!?

 そして奇跡は起こる。

 がちゃ。
 そこにはリアンの部屋のドアを開けた結花の姿があった。

「――あ」
「ゆ、結花」
「とうとう……とうとう見てしまったんですね」
「まさか」

 一瞬の空白。

「まさか、それって、健太郎?」
「……はい」
「本当に?」
「はい。ちっちゃくなってますけど」
「マジで?」
「もちろん」
「そう……なんだ」

「助けてくれ結花っ!」

「きゃーん可愛いかわいいかーわーいーいー」
「ですよね!」
「ずるいわよリアンっ、独り占めなんてっ!」
「それは……ごめんなさい……」
「まあいいわ。それはともかく……ふふふ」

「アノ、目がコワイんですが。結花サーン」

「光源氏よ光源氏!」
「ええっ、竹取物語っぽいほうがいいんですがー」

 日本人じゃないくせになぜ知っている。

「いいのよ! これから面白可笑しく育て上げるのっ! がんばろうリアン!」
「はいっ、結花さん」

 ――結果として、健太郎は二名ほど幸せにしました。

 たった一人の独身男性の存在で、可愛い女の子が二人も幸せになったのです。  とってもお得ですね! 素晴らしいことですね!


 めでたしめでたし。(自由が犠牲になったことから、必死に目を背けながら)

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