なにはともあれ、とにもかくにも羽居である。
 羽居は、ちょっぴり規則を破って街に出てみた。生態の観察のために。
 るんるんるーん、と良い気分で尾行中。
 喫茶店に入ったふたりを足音殺して追ってみる。

 からんからんとドアを開いた音が鳴った。

 羽居は、それから二分ほどずらしてみた。
 すちゃっ、とサングラス装着。
 いらっしゃいませー、と声がかかった。案内されてふたりの席の後ろに着ける。

 こそこそ。

「アキラ、なかなかいいとこ知ってるじゃないか」
「あ、はい。ちょっと前に教えてもらったところなんですっ」
「へえ……案外に知り合い多いよな、おまえさん」
「そうですねー……あ」

 瀬尾晶がなにかを見つけたらしい。蒼香は気づかない。
 羽居は自分が見つかったのか、と水を飲みながら少しだけ焦った。

「あ、すみませんー、紅茶をお願いしますー」

 焦っただけで気にしていなかった。
 話の続きに耳を傾けてみる。どうやら晶は誤魔化そうとしているようだ。
 ほほう、と興味を惹かれ、羽居はじっとその様子を観察してみた。

「うぅん……そんなことはない……と思います」
「そっか? まあ、自分でそう言うならそうなんだろうけどさ」
「ええ。そうです!」

 からん。
 ドアが開いた音がした。羽居は目を向けないで観察を続ける。

「……ああっ」
「どうした?」
「い、いえいえなんでもないです。なんでもないったらありませんっ!」
「そっ、そうか?」

 吹き出しそうになった。
 羽居は笑いをこらえていた。見つかってはいけないのだ。

「……あはっ」

 ちょっとだけ笑いが漏れた。

「……ん? いまなんか聞き覚えのある笑い声が」
「ほえ、えっ、いえ、知り合いなんてこんなところにはいませんっ!」
「そういう意味じゃなかったんだけど。って……知り合い、いたのか?」
「いえっ! 先輩は気にしないでください」
「そうか? んー。なんかおかしいな……アキラ、あきらめて白状」

 ぶはっ。
 運ばれてきていた紅茶を吹き出した。

「なんだ、いまの音」
「さぁ……後ろから聞こえた気がします」
「ま、気にしないでおこう」

 こくこく。
 気にしないでほしいなーっ、とうなずいて他人のフリ。
 とりあえず隠れているつもりだった。
 ふたりの視線は別の方向に逸れていたので、ひと安心。

「しかし、馬鹿みたいに叫んでればロックだと勘違いしてるのはどうにかなんないのかね」
「……うーん。難しいです」
「そうかぁ? 良いのはともかく悪いのは分かるだろ。高音で誤魔化してるのもよくいるし」

 気を抜いた瞬間に、また吹き出した。
 さすがに、ふたりとも振り返ろうとしていた。
 バレそうだった。

「あーっ! あんなところに秋葉ちゃんのお兄さんがーっ!!」

 大嘘吐いて気を逸らしつつ逃亡経路を確認。
 ダッシュ!
 後ろ姿に流れる羽居の髪だけを、ふたりは見た。

「なにっ」
「えええっ! うわわわわーっ! せっかく黙ってたのにーっ!?」

 本当にいたらしい。

 それはともかく、逃走。
 羽居は、走りながら伝票とお金をレジに置いて全力で疾走して消えた。
 からん、からん。
 ドアの鈴の音だけが、高速で走り去った物体の余韻を残すように、響き渡っていた。

 この後、約一名が『兄さんに逢ったわね?』と秋葉の尋問をくらうことになる。
 まあ、吸われるってことです。

「吸われるんですかわたしーっ!?」

 そして晶は秋葉のことを、お姉さま、と呼ぶように――。
 いえ、それはまた別のお話。



 ……後日談。

「バレてたのかな?」
「いや、そりゃバレバレだろ」

 呆れたような声で、蒼香が訊いた。

「で、おまえさんはあんなところで何してたんだ?」
「うーんとねー。観察ー」
「ほほう?」
「秋葉ちゃんが小動物の観察でもしてなさい、って。だから尾行してみようかなー、って」

 小動物の認識は羽居にも広がっていたらしい。

「しっぽあるかなーって思ったけど、晶ちゃんにはないんだねー」

 はぁ、と蒼香はためいきを吐き出した。

「……アキラ、不憫だな……つーか、羽居も無駄な時間を過ごしたわけだな」
「うーん。わたしとしては、普段聴けない蒼ちゃんのギャグが聴けたから良かったよ」
「まて、あたしは言ってないぞ」
「いったよー」
「そうか?」
「ほら、またまた、『そうか』って。蒼ちゃん専用だねーっ」


「はぁ……おまえさん、やっぱ大物だよ……」


 完。


戻る
inserted by FC2 system