いつもどおりの朝が来る。
 過去の朝と違わない日は無いけれど、それでも朝はやってくる。
 同じカタチをして、同じ時間を流れて。
 たとえようもないくらい厳然と。
 明けない夜は無く、辿り着けない朝も無い。

 だからきっと、……俺は幸せ。

 この幸せな世界で。
 愛する人と共に過ごしていけるのだから。


 いつもの振動よりも、今日はちょっとだけ強い衝撃。


 世界が回る。
 いやむしろ回転して戻っていく。
 重力に逆らってぐるん。ぐるん。
 ぐるんぐるんがすんがたんばすんぱっつんぱっつん。
 たったかたーたったかたー。

 びよーん。 

 俺はたぶん、真上に飛んだ気がする。
 きっと勢いが付きすぎたのだ。
 真っ直ぐに天井に突き刺さるために飛翔。
 トランポリンみたいな弾力。
 頭が下になって、視界にハンモックに引っかかってるすずねえ発見。

 他人事みたいな感覚で、いつもの朝よりハイな朝を迎えた。
 上空三メートルの彼方から、この雄大なすずねえを見て。
 はて、雄大って雄っぽいものじゃなくても使って大丈夫だろうか。
 そんな疑問。
 いやさ俺の思考などさらりと流して事態はきっちり動いていく。
 現実の残酷さに沈黙と暗黙とハンモックをかかえこみつつ。
 あ、ハンモックをかかえてるのは俺ではなくすずねえなのでお間違えなく。

「オミくんっ、起きるんだぞっっっっっっっッ!!!」

 こんがらがったままなのに、すずねえの声が響く。
 ハイな俺が落ちていく。
 空中で猫のごとく一回転。
 そのまま顔面から。

 ……一回転して戻っちゃだめだろっ!

 と、そこにあるのは豊かな胸。
 まあなんと言いますか。
 
 つまり。
 
 顔面からすずねえのその部分に挟まったわけであります。
 わざとじゃないぞー。

「ぐぐぐぅ」
 でも息が出来ない。
 世に言う天国と地獄。と言うか、天国が地獄。
 勢いあまって倒れ込む。でも外れない。
 そのまま床に当たりそうになって、慌てて避けるように跳ねる。やっぱり外れない。
 いつのまにやら長々と同じ体勢のままで、すずねえを押し倒していたり。
 そこでやっとこさ外れたり外れなかったり。どっちだ。

 すずねえが避けるとあっさりと外れました。何故に? 
 
 わざとじゃないってば。
 ……わざとじゃないんです。
 …………わざとやるほど命知らずじゃないです。
「……オミくんのスケベっッッ!!!!!!」
 いつもよか何倍か少ない溜めと一緒に、その分の間と息を十分に利用した必殺技。
 お姉ちゃんぱんちが飛んでくる。 
 ゆらりゆらりと陽炎が見え、その一撃に悪魔が見えた。
 喰らえばやられることを本能的に理解した俺は、こちらも最後の手段。
 
 超必殺技、つまりスーパー必殺技エックスを使う。
 ……訳したうえに変なのがついてる、なんて野暮な台詞はよしてくれい。
 荒野のガンマンには、そんな慰めはいらないのさ。
 
 誰もツッコミを入れてくれなかった。
 と言うより、すずねえひとりがそこにいるだけ。
 ボケ役が俺に回ってくるのは物理的におかしい。そうではないだろうか諸君。

「お姉ちゃん助けてくれてありがとっ! ボク嬉しかったんだよ?」

 甘えてみた。

「分かっっっっっっっっってるんだぞッ! オミくんは悪くない。いーこいーこ」
 頭を撫でてくるすずねえ。
 あっさり風味ですか?
 ……何故に子鹿の口調で台詞をだしてるんだか。
 噂をすれば地毛、いやハゲ。……じゃなくて影。
 子鹿が来てしまう可能性も無きにして非ずかもしれない気がしないでもないように思える。
 自分がボケ役に回っていることに気付いた。

 ……自分にツッコミ入れるとノリツッコミでとられて、あれも一種のボケなんだよなぁ。
 ってことはだ。俺はこのまま一生ボケ役のままなのかっ!?
 漫才の相方も手に入れてないというのに。
 ここはひとつ、我が最愛のお姉ちゃんにボケ役を譲り渡してツッコミを入れよう。

「お姉ちゃん、ボク、ボク……笑いたいよぅ。なんかボケをやって欲しい……」
 というわけでどーぞ。
 後輩の鞠音っぽくボク口調にしつつ、子犬のような濡れた瞳で見上げるように。
 ……もう習慣化しとる。
「お姉ちゃんにまっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっかせるんだぞッ!!」

 ホントにボケられるんかいッ!?

「苔」
 ……すみません読めませんごめんなさいすずねえ。
 頑張ってボケたよ? って目でみないでくださいおねがいします。
「こけだぞっっ!」
「なるほど」
 と言うか、今のは口で言われたから読む読めないの問題じゃねえ……。
 ついでに言うと、それはボケではないと思います。
「……こけたぞっっっッ!!」
 ボケがコケましたね。
 いやもう一回ちから一杯言わなくても。
「こげたぞっっっっっっっっっっっっっッ!!」
「焦げた?」
「焦げ……あッ、しまった! オミくん、早く起きるんだぞッ!」
 微妙なためを残して、階下に走るすずねえ。
 いつもより溜めが少ないのは、ちょっぴり慌てているからだろう。
 なんとなく焦げたにおいが漂ってきた。

 ……まわりにいるのが天然ばかりだったことにいまさらのように気付いた。
「どこからツッコんでいいのやら」

 俺の養殖のツッコミは天然のボケにはかないません。 








 『夜桜の宴に』 作者:yoruha








 俺は養殖の魚も天然の魚もまかないでは出せません。
 俺の腕を知らないヤツはいないから。
 悲惨な料理を食べたい人間は、まあいないと思う。
 たとえばあれだ。あの最近作った豆腐。
 豆腐と呼ばれるものは、豆から出来ているわけで。
 その豆からつくってみようと決意したのが間違いだった。
 大豆は畑の肉と呼ばれるから、きっと肉は畑以外の豆なんだと信じた。
 信じる者はすくわれます。

 ……足下を。
 
 肉から豆腐が出来るわけもなく、なんとも不思議な物体が出来てしまったわけだ。
 でも肉だから食べた。食べました。ええ食べましたともさっ。
 自分の料理は、実は最終兵器として特許に出願できそうな気がした。
 
 それで泣いたって誰も責められない。きっとそれは必要な戦いだったから。
「こらっ、オミくんっっっ!!」
 物思いにふけりつつ、目の前のすずねえが叱る声に、空想から抜け出す。
「朝ご飯が冷めちゃうぞっっっっっ!!!」
「あ、ごめん」
 言ってすぐに箸を持つ。
 あのときの味を思い出して、なんとなく目尻が潤んだ。
 それを見た甘やかし姉ちゃんは、何を思ったのかいそいそ目の前から俺の隣に。
 そのまま俺の茶碗を持って、箸を動かす。
「もうっ、オミくんはいつまで経っても甘えんぼさんなんだから……」
 だだ甘姉ちゃんが何を言っとる。
「はいあーん」
 あーんと言っても悶え声ではありません。ご了承ください。
「……オミくんっっっっっ!? いまエッチなこと考えたでしょっっっっっッ!!」
「うわーん。お姉ちゃんが綺麗すぎるのがいけないんだよぅ」
 俺は反射的に泣いた。
 涙がしっかりと出る辺りが、他の有象無象との違いだ。
 まさに、甘えの達人。……ダメ人間ってゆーな。
「よーしよしお姉ちゃんが悪かったからねっっっっっっっっ!」
 すずねえは反射的に甘やかした。
 頭を撫でられる。
 しかし、何故か毎日似たようなことをやっている気がするな。
 ちなみに食事は、とりあえず最後まで食べさせてもらっていたのでちゃんと食べたぞ。
 食べ終わると、すずねえに白い布で口まで拭かれてしまいました。子供かい。 


 俺が気が付いたのは、そこにあった白い布。
 口を拭かれたやつじゃなくて、もっとこう、日常的な。
 あ、一応言っておくが、俺のじゃないぞ。ということで当然すずねえのものだ。
 
 声を掛ける。
 これは明るく言った方がすずねえは気にしないでくれるに違いない。
 ということで、大声で。
「お姉ちゃんパンツがお」
「お姉ちゃんパンチっっっっっっっっっっっっっっっッ!!」
 言ってる最中に思いっきり殴られました。
 ううっ、ひどい。
「あ、ごめんオミくんっ。つい……落ちていたのを拾ってくれたんだよねっっっ」
「せめて最後まで言わせて欲しかった……」
「じゃあ……言ってみてもいいぞっっっっっ!」
 負い目からか、ぶんぶん頭を振って頷くすずねえ。
 じゃあ最後まで。
「お姉ちゃんパンツが俺のポケットから何故かするすると……」
「オミくんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっッ!!!!!!!」

 思いっきり怒鳴られました。
「……事実なのに」

「事実だから怒ってるんでしょっっっっっっっっっっっっッ!!!!!!!」

 新開発のお姉ちゃんアッパー×2が飛んできました。  
 意識は飛ぶさ。どこまでもどこまでも……さあ行こうあの楽園へ。

 と……全員子供学生ばかりの学校に赴任した夢を一瞬見ました。
 音速で目が覚めました。ものすごく。
 酷いカナっ、酷いカナっ。なんて聞こえませんもちろんそれは幻聴です。
 あーコワかった。
 どのくらい怖かったかと言うと、すずねえがケーキをいらないと言うくらい。
 世界の終わりだな、そりゃ。
 ということで意識もハッキリクッキリ。

「あー痛かった。それはそれとして、……お弁当、作っていくんだろ?」
 すずねえはにこにこと答える。
「くすくす。……えーと、何人分作ればいいっ?」
「10人分くらいだな」
「お姉ちゃんに任せるんだぞっっっ!」
「お姉ちゃんに任せるんだぞっっっ!」
「……中途半端に似てる……」
「でもちゃんと任せる、っていう意志をそこはかとなく醸し出しているだろ?」
 すずねえのは任せなさいっ、という感じ。
 俺のは任せますっ、という感じ。微妙なニュアンスを読みとりましょう。
「くすくすくす……オミくんは可愛いいぞっっっっっっっっっっっ!!!」
 ぎゅうっと抱きしめられました。
 少し苦しいくらいです。
「すずねえギブッ、ギブッ!」
「あっ、ゴメンなさいだぞっっっ」
 あやまりつつ、料理に向かうすずねえ。
 その髪の長い後ろ姿を見て、俺は幸せを噛み締めていたりする。
 走っていってちょっぴりつまみを持ち帰り、それも一緒に噛み締めた。
 

 桜の季節。
 桜の季節と言えばお花見。
 お花見と言えば美味い食い物。
 宴会。大暴れ。殴り合い。宇宙へ飛び立つ夢。秋刀魚を七輪で焼く。
 とくれば、やはりやらないわけにはいかないだろう。
(途中の言葉には若干の嘘が含まれているかもしれません。ご了承ください)

「酒飲んでくだまいて暴れてさけんであそびたおして楽しむぞーっ」
「ふむ。親交を深めるというのはいいね。じゃあ僕は宴会用の爆薬を用意しよう」
「楽しそうカナ、楽しそうカナ」
「やりたい風味です」
 とかなんとかぬかす巨乳似非巫女の扇動と他多数の賛成で俺が乗った。
 楽しければいいじゃないか、というのが全員一致の意見だ。
 ちなみに、真っ昼間からは出来ない人間が数人いるから夕方から。
 イベントだから、久々に友人連中を集めてみたわけだ。  

 待ち合わせは、桜の舞う大公園。
 かなり大きめの敷地で、この時期は桜の根本を無料開放しているそうな。

 ……普段は金を取っている辺り、実はケチなんじゃなかろうか。
 そんなことを思いつつ、俺はすずねえの料理をパクついていたのだった。 
「オミくんっっっっ!! つまみ食いしちゃダメでしょっっっっっっっっっっッ!!!」
「すずねえの料理があまりに美味しくて……」
「うんうんッ、お姉ちゃんはちゃんとわかっっっっっっっっってるぞッ!!」
 よーしよーしと頭をなでつつ抱きしめられました。
 そこはかとなく甘い香りが。

 そんな感じの、いつもどおりのお昼が過ぎていった。


 いつもよりもずっと晴れ渡り、透き通った青空。
 午後の温かな風に誘われるように、俺たちは公園へと向かう。
 手にしたお弁当は俺が7人分。すずねえが5人分。
 ちょっと多いかもしれないが、まあそのくらいなら食えるだろう。
 と言うことでさっさと歩く。
 歩いている最中に、どこかで見たような尻が向かってくる。
 でかい。
 俺はとりあえず声を掛ける。
「あ、あんなところにパンダがッ!!」
「く、くしゅっ!? どこですかパンダはッ!?」
 尻が揺れた。
 いるわけもないパンダを探して揺れる揺れる。
「いないです」
「くっ、くしゅーっ!」
 暴れ足りなかったのか、そのまま尻に動かされるようにこっちを見る。
 実は尻が本体だろうか。
 とすれば、初子の胸もあっちが本体。
 あの胸の異常な成長速度はきっと常識を食っているに違いない。
 野々宮は初めから星丸が本体であることはみんな知っている真実だし。
 ……待てよ。なら晴姫はどうだ。
 あの胸。
「薄い胸。スクール水着も違和感のないほどの……」
 本体どころか正体がない。
 だとすれば、……まさかっ!?
「……カナ坊と晴姫、ふたりでひとつか?」
 いつまでも成長しない背。いつまでも成長しない胸。
「謎は全て解けたっ!」
 ちなみに外れていたら忠介が改造するらしい。豪華。
「あーらそう……で、死ぬ準備はできた?」
 横から掛かる声。
「ああ、ぺったんこな声が聞こえる」
「ぺったんこな声ってどんな声よっ!!!」
「そんな声」
 即答してみると、なんかこぶしに力が入ってるのが見える。
 とりあえず説得してみるのがいいかもしれない。
「ようはるぴー。どうしたこんなところで」
「新沢が呼んだんでしょっ! しかも誰が薄い胸だっ!!」
「はるぴー」
「絶対殺すッ!」
 しまったっ! 説得になってない。
  
 そう言えば、いつの間にやらすずねえの姿が見えない。
 はて、どこに行ったのだろう。
「よそ見してんじゃないわよっ!!」
 追いかけられながら、俺は思った。

 なつかしいなぁ。

「水泳では抵抗の少なさがものを言う」
「……ッ!!」
「良かったな」
「絶対絶対絶対殺すッ!! 絶対死ねッ!!」
 だいぶ物騒。
 誰が原因だか知らないが、とりあえず避けないと本当に殺されそうだ。
「待ちなさいっ!! 待たないと絶対殺すッ!!」
 待っても殺されると思う。

 と言うことで俺は逃げた。あの地平線の先まで。
 そして思ったんだ。
 そう、
「争いは何も生み出さない……豊かな胸も」
「……絶対殺す……」
 地味につぶやいたほうがコワイです。

「あっ、いたみたいカナ、いたみたいカナ」
 二回言うな。
「おー、やってるやってる」
 そこにいたのは金棒……もとい、カナ坊。
「楠若菜、一言で言い表すなら子供学生。お嬢。栗中毒。まだ卒業してないのカナ?」
「……靖臣くん、何気にひどいこと言ってるカナ?」
 ちょっと涙目。
 まあそれはそれとして、もうひとり。
「尼子崎初子、巫女の格好をした悪魔。巨乳。扇動における能力はトップクラス。
 つまるところ巨乳スパイとして活躍していると推測。……どうだ?」
「アホかっ!!」
 なぐられました。
 馬鹿なこと言ってる間に、ぺったんこの恐怖が。
「ぺったんこ言うなッ!!」
「なんで私も見て言うのカナ、言うのカナっ!?」
 ふたりから叫ばれる。
 黄色い声援?
「違うわッ!!」
 しまった口に出てた。
 とりあえずポケットから取り出してひとこと。
「不憫な……」
 涙を拭きつつ同情の念を持ってハンケチーフを顔に向け、一目散に背中を向ける。
「待ちなさいッ!」
 あーもうっ。
「ぺったんこな止め方をされても止まれないぞ」
「無茶言うなッ! ぺったんこ言うなッ! 絶対止めてやるッ!!」
「じゃあ逃げる」
 すたこらさっさ〜。
 最近聴かないような、逃げるときの音を出してみた。
「おお、あの兄ちゃん風流がわかってるねぇ」
「がんばれよー」
 どっかから声援が飛んできた。
 応援ありがとうっ、酒飲んでるっぽい顔の赤いおっちゃん。
 
「……何をやってるのかねキミは?」
「よお忠介。悪いが今は命の危機だ」
 片手で挨拶。
 そのまま横をすり抜ける。
 と、止められる。
「ふむ……桜橋先輩がキミのことを探していたようだよ」
 冷静な声に、俺は急停止。
 つんのめった先にいたどこかで見たような人物を押し倒す。
「あっ……新沢がこういうのが好きなら……あたしは」
 とりあえず気にしないでおけば大丈夫だろう。
 と言うことで忠介に目を向ける。
「なにっ、どこにいたっ?」
「人ごみに挟まれて、どっちにもいけないようだったが」
「わかったっ」
 礼を言って、そのまま駆け抜ける。
 まわりの人間を弾き飛ばしながら立ち上がる音。
 つまり、後ろに見えるのは、はるぴーが一人。
 混乱した集団の中にいるから、逃げ切れそうな気がする。
 急いでひとの波をすり抜けてゆく。
 そこいらにいるおっちゃんがくれた酒のつまみを口に放り込む。
 一献、とくとくと注がれる日本酒。そこはかとなく美味い。
 と、不安そうなすずねえ発見。
 多人数の視線でおろおろしているらしい。
「すずねえっっ!!」
「オミくんっっっっっっっっっっっッ!!!」
 ひしっっと抱き合う俺たち。
 離ればなれになってしまった運命の恋人のように。
 やんややんやと周りからは拍手が。
 どうやらいい見せ物っぽくなってしまったようだ。
 追いついてきた晴姫も、何故か顔を赤くして立ち止まる。
「ばっ、場所取りするんだぞっっっっっっっっっっッ!!!」
 いきなり立ち直って、手を握る。
 そのまま引っ張られている。
 どうやら第一回ぺったんこ戦争は、うやむやになってくれたらしい。
 そう。
 俺は逃げ切ったのだ。
 この伝説ならば、胸を張って後に語り継げると思った。
 冗談だから本気にされても困るが。
 横合いから声がかかる。忠介だ。
「ああ、さっき奈々坂学園に伝説追加として電報送っておいたよ」
 本当に増やすなそんな伝説。
 
 
 伝説の樹の下で告白をされてみよう。
 と、確かにアレは桜だが、目の前にあるのは伝説の樹ではない。
 一度、酒に酔った人間に告白と言う名目で絡まれてみればわかる。
「ワタシのを飲んでください靖臣サン」
「だから下ネタを使うなと言うとろーが。子鹿」
 俺の言葉に一瞬黙る。そのまま下を向く。
 数秒。
 がばっと顔を上げる。
「頑張って出しますからっ」
「何をだっ!?」
「……えへ」
 どういう笑みを浮かべてるのかは想像にお任せしよう。
 なんか服をごそごそと上げようとしている子鹿。
「やめんかっ!!」
 叫んでおいた。

「で、全員そろったカナ、そろったカナ?」
「二回言うな」
「そろったカナカナ?」
 ……反応が遅れた。
 さて、どうしてくれよう子供学生。
「……」
「……」
 ふたりして嫌な沈黙。
 黙って見つめ合う。だが愛は芽生えないぞ。
 俺にはすずねえがいるからな。
 口を開く。
「で、カナカナ坊……」 
「それは嫌過ぎるカナっ!?」

「オミ先輩ッ!!」
「うわっびっくりした」
「なぁに驚いているんですかぁ……ボクに迫られるのがそんなに嫌ですかッ!!?」
 といいつつ迫ってくる鞠音。
 いえ、怖いのはそのうしろにいる、視線で人を殺せるんじゃないかと思われるすずねえです。
「聴いてますかオミ先輩ッ! そこのところ、どうなんですかッ」
「まりぽん……」
「だいたい、まりぽんってなんなんですかっ」
 叫ぶ叫ぶ。
 体育会系独特の、威嚇するような声色。
 ……脅せば男の一匹くらいつかまりそうだぞ。
「ボクだって、ボクだって」
 二回言うな。
「ボクだって……先輩のことがっ!!」
 あ。
 ギンッ、と世界の凍り付くような軋みの音。
 それが、一人の人間の視線から生み出されたなど誰が信じるだろうか、いや信じない。
 反語調にしても意味はない。
 だって恐怖はそこにあるのだから。
 短い人生だった。俺はとりあえず諦めることにした。
「くー」
 最後に聴く音はこれか。
 なんとも幸せな人生だったなぁ…… 
 って寝てやがりますかまりぽんは。
「むにゃむにゃ〜」
 手元のお弁当。
 すぐに差し出す。
「……すずねえ、あーん」
「あーん……ああっ、オミくんに食べさせてもらえてお姉ちゃん幸せだぞっっっっっ!」
 だいたいいつも通りの方法で、あっさりと助かりました。
 なんとも薄っぺらい危機だった気がする。

「くしゅふふふ」
「焼き芋はないぞ」
「くしゅっっ!?」
「ああ、その木の間を通ってみてくれ」
「くしゅぅうぅううううッ!」
「ゴメン。尻が挟まるだけだった」
「くしゅぅ」
「……ひよ先生……実は寝てない?」
「くしゅッくしゅぅ!!!」
「ああもう、なにがなんだか」

「結婚しますか?」
「……誰と」
 唐突すぎる質問。
 いや、予想してしかるべきだったのだろうか。
 だがこの現実は、俺に向かって一直線に投げつけられた問いだ。
 答えるのが、礼儀なのだろう……。
 と言うことで、俺は一応もう一回念を押すように訊いてみた。
「誰と?」
「星丸と」
 ののむーは静かに答えた。
 自然な動きで、頭の上でうごめくコスモス星丸が踊る。
 ある意味予想通りな答えだった。
「俺は寄生されるつもりはないぞっ! 宇宙猿に肉体を明け渡す気はないっ」
「そうですか……気持ちいいのに」
 なにっ!?
「……本当に?」
「本当です」
 眠そうに答える野々宮。
「マジ?」
「マジです」
 ぼーっと答える野々宮。
「どんなふうに?」
「とりあえずお試し期間中……」
 懐から紙を出す野々宮。
「これはなんだ?」
「契約書です」
 妻の名前の欄に野々宮。
 ってこれは、役所に提出する白い紙。
「……おい」
「さあ、いまなら星丸のおまけとしてののむー三号がついてきますよ?」
「三号なのか? いやそれ以前に一号二号がいるのか?」
「……さあ?」
 野々宮は無責任なひとことを言った。
 俺は訊く。
 できるだけ自分の感情を抑え、静かに。静かに。
 ぽつり、と告げる。
「わざとやってるだろ?」
「はい」
 超即答でした。
 超からかわれてます俺。


 きっと思いっきり話の種として笑われてますね俺たち。
 まわりの宴会の渦に飲まれるように、初子が持ってきた酒を飲む。
 ……奉納品とか紙が貼ってあるけど気にしない。
 初子ならこのくらいはやるさ。ははは。
「失礼なことを考えてない?」
「考えてるぞ」
 しばし黙る。
 静かに立ち上がり、座ったままの俺を見てつぶやく。
 服に手を掛けながら。
「……脱ぐわよ?」
「なんでだっ!?」
 もちろん俺を困らせるためでした。


 とまあ、自分からは止まらない人間が集まっているわけだ。
 止めるヤツはいないし。
 みんな酔っぱらいばかり、笑ってられれば幸せなんだろう。
 
 風がほほを撫でた。
 それをきっかけとして、宴を外から見てみる。
 すずねえの弁当に、みんなで持ち寄った食べ物飲み物。
 カラオケセットにわけのわからないパーティグッズ。
 大量なそれらを使い尽くそうとしている初子あたりが暴れている。
 騒いでいれば、それは楽しいだけの時間。
 なにもかもが笑みに変わり、すべてを忘れて遊ぶ。
 叫び。怒号。爆笑。
 音が桜の幹を揺らしていた。

 俺は軽く、その騒ぎから離れる。
 地面にぺたりと座り込むと、少し冷たかった。
 ちゃんと桜を見ている人間はいないのか。
 ふと夜に映える、その桜を見るともの悲しくなる。
 喧噪に揺れる地面の上から、その散りゆく姿を見ると。
「いつか、この桜も散っちゃうんだよな……」
 独り言。
 寂しげに呟いた俺に、ぽん、と頭に手を置かれる。
「オミくん……どうしたの?」
「すずねえ……」
 酒に酔っているのか、少し赤い顔。
 いつの間に近づいてきたのだろう。
 くすくすと笑いながら、俺の横に座る。
「いや……この幸せな時間が終わらなければいいのに、って」
「そうだね」
 にこり、と優しい笑み。
「楽しい時間はすぐ過ぎて、終わるのが怖い?」
「……うん」
 素直に頷く。
「……オミくん。わたしたちはずっと一緒だぞっっ」
 ぎゅうっ、と抱きしめられる。
 そのままの姿。
 ちょっと黙る。

 俺は抱きしめ返して、ささやく。

「ああ、ずっと幸せでいような」
「うんっっっ」
 夜の風が少し冷たい。
 すずねえと寄り添って、温かい自分たちの体に気付く。

「くすくすっ、オミくんの体はあったかいぞっっっ」
「すずねえこそ」

 えいっ、ともう一度抱きしめて。
 俺たちは、風に吹かれて散る桜の花びらを見た。
 夜の闇に輝くその欠片たち。

 俺たちの周りを舞ってから、ふわりと消えた。
 それは俺たちを祝福しているかのようで。

「さ、戻ろうぜ……すずねえ」
 手を差し出す。
「あっ……」
「大好きだよ」
「……うん。わたしも」
 
 ふたりで顔が赤くなる。
 頷きながら手を取ったすずねえ。
 俺は不意打ちのように、くちびるを奪い取った。



 Fin.




日常へ還る。
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